第227話怒鳴り散らす女房ロッサーナ(完)

「おかしいなあ」

マルコの隣人ジュリオは首を傾げた。

とにかくジュリオの妻のルチアが何度も玄関のベルを押しても、何の物音もしない。


「仕方ないわね」

ルチアは、ほぼ意識のないマルコの上着から家の鍵を取り、玄関を開けた。

そして、家の中に入るなり、呆然とする。


ルチア

「いや・・・いくらなんでも」

ジュリオ

「うん、ここまで・・・は考えられない」

ルチアとジュリオが呆然となるのも仕方がない。

それでなくても狭くて貧相なマルコの家の中は、テーブル一つ、ベッド一つ、他にはロッサーナのタンスだけしかないのである。


ジュリオは、とりあえず意識がほとんどないマルコをベッドに寝かせ、いないとは思ったけれど、もう一度ロッサーナの名前を呼ぶ。

しかし、呼んでも何の音沙汰もない。


「あなた・・・ここに」

ルチアは、テーブルの上の書き置きを見つけた。

「うん、おそらくロッサーナさんだろう」

「申し訳ないけれど、マルコをこのままにしておけない」

ジュリオは、意を決して、ロッサーナからマルコへの書き置きを読み始める。


「このロクデナシの甲斐性なしのマルコ!」

「ホトホト愛想が尽きました」

「だから、あなたのモノは全て売り払いました」

「これから、旅行に行きます」

「まあ、それとあなたからもらったチンケな結婚指輪だけど、売れば旅行ぐらいは出来る」

「いいかい!もう二度と女房にこんな惨めな生活をさせるんじゃないよ」

「悔しかったら、もっと稼いでおくれ」

「じゃあね、いつ帰るかわからないけれど、楽しんでくるよ」

「ああ、金が足りなくなったら連絡するから、すぐに送りなさいよ!」


ルチアはまた泣き出した。

「これじゃあ、マルコさんが可哀想過ぎる」

ジュリオも深刻な顔になった。

「腕の良い板金職人と聞いていたけれど」

「ああ、最近、夜も出かけて仕事をしているって聞いたなあ」

そんな噂を思い出したようだ。


ルチアもまた、思い出したことがあるようだ。

「ねえ、ロッサーナさんね、近所の奥さんにね」

「家の旦那は、すごくいい人で、命令すれば炊事洗濯掃除なんでもやってくれるって自慢していたらしい」

「まあ、それは、いい旦那さんだねえって応じたらね」

「稼ぎが少ないから、当たり前ともいったらしいの」


そんな話をしていると、マルコの勤め先の板金屋の社長パウロと、夜の勤め先の道路工事の責任者ロベルトが連れ立ってマルコの家に入ってきた。


板金屋社長パウロ

「最近ね、身体もフラフラで心配でさ、腕のいいマルコだから、休まれても困る」

道路工事の責任者ロベルト

「うん、俺もな、どうしてそこまで働くんだって聞いたけど、稼ぎが悪いし、女房のロッサーナに迷惑をかけているって言ってね」

どうやら二人とも心配で仕方がなかったらしい。



役所勤めのジュリオは、しばらく考えた。

「まあ、どのみち、このままにはしておけない」

「とりあえず、入院ということにしよう」


ルチアが集まった全員に相談をかけた。

「もし、ロッサーナから金の催促が来たらどうするの?」


全員はしばらく考えた。

そして板金屋の社長パウロが

「ああ、送る必要はないな」

「何しろマルコからの結婚指輪も売り払ったんだ、自分の遊びのために」


全員から何の異論も出されなかった。


板金屋の社長パウロは、言葉を続けた。

「マルコは、俺の養子にする」

「結婚も取り消しだ」


少し驚く隣人のジュリオとルチア、道路工事の責任者ロベルトに板金屋社長パウロは更に言葉を続けた。

何しろカトリックの国、離婚など認められないけれど、特別の事情があるのだろうか。

「この二人って、見かけは夫婦だけどな、もともと、ロッサーナが前の男と喧嘩別れして、その腹いせで真面目で純朴だけのマルコに迫っただけさ」

「ロッサーナは遊び好きの女、真面目で優しいだけのマルコに愛情なんかないさ、夜に寝る場所が欲しかっただけ・・・」


「それでな、金のないマルコに俺が金を出して結婚式をあげさせようとしたらな」

「ロッサーナが、ブチ切れたのさ」

「そんな教会だの神だのに、くれてやる金があるんだったら」

「マルコの給料を上げてくれってさ」

「だから指輪だけは真面目なマルコが買ったんだ、神の前で誓いなどはしていない」

「籍も入れていない」


「だから、ロッサーナには二度と合わせないつもりだ、腕のいい職人が殺されちまう」



その後、マルコの体調は一ヶ月の入院後に回復した。

板金屋社長のパウロの家に住み込み、養子となり、仕事はそのまま続けた。

しかし、ロッサーナと再び暮らすことはしなかった。


ロッサーナと住んでいた家は、マルコの入院中に役所勤めのジュリオが手配し、取り壊した。


ロッサーナは、二週間後に戻ってきたけれど、家はない。

それでも、少しはマルコを探したようである。

しかし、板金屋の社長と役所勤めのジュリオが近所に「箝口令」を引いたのが功を奏し、結局マルコを見つけることはできなかった。

ロッサーナは、すぐに諦めもついたようだ。


「まあいいや、また別の男を探すさ」

「もっと稼ぎのいい男を」

「私に似合う立派な男を」

そんなことを言って、マルコと暮らしていた街を去り、隣街に移った。



また、マルコも入院中でもあり、とてもロッサーナが戻ってきた時には、逢うこともできなかった。

退院後には、多少はロッサーナを探したけれど、結局見つからなかった。


その後は、板金屋社長パウロの姪と正式に結婚式をあげ、今度は幸せに暮らしている。


ロッサーナの噂が伝わってきたのは四ヶ月後。

次の男もすぐに見つけたらしいけれど、その男にロッサーナの怒鳴り散らしと浪費癖に嫌気がさされ、大喧嘩。

ロッサーナは逆に怒鳴りつけられ、家を追い出されたとのこと。


その話を聞いたマルコは一瞬顔を曇らせたものの、何も動こうとはしなかった。

新しい正式な妻のお腹には、新しい命が宿っていたのである。


                                   (完)


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