第224話上品な春香さん(完)
午後の二時から夕食まで何をしていいのか、「?」だったけれど、その疑問はすぐに解消された。
「ねえ、晃君、教えてもらいたいことがあるの」
春香さんは、少し頬を赤らめた。
そういう春香さんは、ほんとうに美しい。
「あ、はい、教えることって・・・え?僕に?」
美しさに見とれてしまって、返す言葉のツジツマがあっていない。
「うん、晃君の得意分野だよ、源氏の話」
春香さんの意図がようやくわかった。
「へえ、源氏ですか?僕に?」
まあ、教えるほどでもないけれど、家にいろいろあった源氏の本とか注釈本をよんだことはある。
「うん、その中で箒木を教えてほしいの」
春香さんは、ゆっくりと隣に座った。
いつの間にか、お母さんの好子さんは、姿を消してしまう。
「箒木は、一般に雨夜の品定めですよね」
「源氏が十七歳頃で、宮中で源氏が宿直している時に、頭中将、左馬頭、藤式部丞とかの悪友が集まって、一夜女性談義をするんですよね」
まあ、緊張して、返事もカチコチ、教科書そのものになる。
「うん、そこまではいいの」
春香さんは、少し身を寄せてきた。
「それでね、光源氏は、すでに結婚していたんだよね」
「でも、源氏は一七歳にして、人目を忍ぶ恋が多いとかの噂もあり」
「また、根は真面目で、ありふれた浮気などはしないとかという話もあり」
「あの・・・春香さん」
ちょっと身体が近すぎて、我ながら顔が真っ赤を自覚する。
「えっと・・・葵の上とは十二歳で結婚していて、ただ、なかなか性格が合わなかっったようで」
「さすがに大臣家の娘との結婚ゆえ、恋は人目を忍ぶでしょうし」
「根が真面目とか、ありふれた浮気はしないというのは・・・」
「その後の源氏の話の展開からすれば、浮気に見えても、源氏自身はどんな女にも本気なのです」
「まあ、それが愛情が深いとか、深すぎるとか」
「女君からすれば気まぐれ過ぎるとか、いろいろですが」
「話し出すとキリがないんです」
何しろ、こんな近くに座られて、源氏の愛の世界を簡単に説明などできない。
「ふぅーん・・・晃君」
春香さんは、まだ顔が赤い。
そして、イタズラっぽい目になった。
「晃君の理想の女性ってどんなタイプ?」
そんなことを聞いてくるけれど、カチンコチンで、もうどうしようもない。
「憧れは、春香さんのような人です」
もう、これが精一杯。
言った途端、顔は下に向けてしまう。
「あら・・・でも、私は浮気は許さないよ」
春香さんは、指をキュッと握ってきた。
上品な春香さんだけど、行動は積極的。
押されっぱなしの俺だけど、春香さんはどこまで本気なのか。
しかし、そんなことを聞くのも野暮だ。
結局、その日はしっかり煮込んだビーフシチューがメインの上品な料理を食べて帰った。
「また来てね、それとも押しかける?」
春奈さんの笑顔に、押されっぱなし。
そんなことで、春香さんとの「お付き合い」が始まったのだった。
(完)
※短編集では収まらなくなったので、いずれ、続編をかく予定です。
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