第216話伊勢詣(完)

「貴方様でも?」

俺は「でも?」が気にかかった。

そこに事情があるのだろうか。

女の泣き言葉を少し聞くことにした。

「どこの御屋敷とは言いませんが」

また女のポツリポツリが始まった。

「私は伊勢から出て、さる御屋敷の姫様のお世話をしておりました」

「伊勢の実家でも、その御屋敷で良縁を得てという期待もあり」

「だけど、そんなものは、とうとう、何もなし」

「次第に年を取り、年老いた母も心配になり」


「それで逃げてきたのかい?」

「御屋敷には、ちゃんと言ったのかい?」

女に聞いてみた。


「いや・・・それが・・・」

女の顔を背中に強く感じる。

「お世話役仲間というのは・・・」

女の声がくぐもった。


「つまり、苛められたってことかい?」

「それで、切れてしまって逃げてきたのかい?」

ようやく合点がいった。

妙に追っ手が来なくなったもの、それだと思った。

おそらく、その御屋敷にとって、「いなくなっても、それほど影響のない女」なのだと思った。


「本当にご迷惑をおかけして」

女はまた謝ってきた。


「まあ、お前さんみたいな、きれいな女でも、そういうことがあるんだねえ」

「俺みたいな男からすれば高嶺の花でも、いろんな悩みがあるもんだ」

無粋な俺とて、慰めの言葉くらいはかける。

そして事情が少しわかったので、また俺の悪い癖が出た。


「年老いた母さんの家も別にしたほうがいいな」

「できれば、他の御領主のところか」

「万が一があるといけない」


「え・・・それは・・・」

女の声が震えた。

意味もわからない様子。


「ああ、ここまで面倒を見たついでさ」

「あまり遠くにも行けないだろうから」

「紀州様には話をつけておく」

そこまで言って巻き付いた女の腕を解こうとする。


「貴方様は・・・いったい・・・」

女の声が震えた。


「いや、ただの」・・・まさか「甥」なんてことは言えない。

「和歌仲間さ」そこまでにした。


「高嶺の花は・・・」

女の声が上ずった。

「貴方様じゃないですか・・・」

女の腕の力が弱まった。


しばらく、その状態が続いたけれど、結局契ってしまった。

女の腕の力が弱まった瞬間、俺にも「その気」が起きてしまった。


伊勢参拝の後、女の母を紀州様の領内に移した。

丁寧にも世話係もつけた。


しかし、女は、「どうしても離れません」と言い張り、次の大和まで同行することになった。

ただ、「辰吉」の姿にはさせていない。

まあ、妙な伊勢詣になってしまったものだ。


                                  (完)


※珍しく江戸時代風に書いてみました。

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