第215話伊勢詣(5)

泣いてばかりの女だとは思ったけれど、昨日がどうのこうの言われても、俺が何をしたわけでもない、何ら責められることなどはない。

むしろ、危ないところを救ったのだから、泣かれるなど心外だ。

俺は、面倒は嫌いだ、それに無粋だから、しばらく黙っていた。


少し歩いていると女の涙がおさまった。

女は「本当に申し訳ありません、いらぬ涙など」

それを言うなら、最初から泣くなと思うけれど、まだ少し黙っていることにした。


女はまたポツリ、ポツリとつぶやく。

「本当に助けていただいてありがたく」

「ホッとしたら、貴方様に何も出来ない私が、情けなく」

「私は人に好かれない女、それも情けなく」


ポツリポツリ言われ続けるのも、面倒だ。

「気にするな、俺の勝手でしたことだ」

「俺に何も出来ないとか、人に好かれないなど、思う必要もない」

「伊勢までは行く、俺で良かったらついてくればよし」

「それだけのことだ、男の旅装束は気に入らなかったら、着替えてもいい」

「まあ、事情も聞く気はない、お互いにそれがいいだろう」

そこまでなら、言ってもいいだろうと思った。


女は、それでもまたポツリポツリ。

「それでは、ついていきます」

「着物にも着替えません」

「辰吉でかまいません」

「貴方様以外には頼るお方もおりません」


結局、伊勢までの同行が確定してしまった。

「面倒な・・・」と思っても、今さらどうにもならない。


道中、泊まる旅籠には、結局「口封じ」のために余分な金を使った。

そうでもしないと、女は風呂にも入れない。

ただ、部屋だけは、いつも相部屋、部屋を出ることも出来ない。

そうしないと、また追っ手が来た時に、対処が出来ないから。


「口説く気にどうもなれない」

「顔はきれいだけどなあ・・・」

「と言うよりは、事情のある女と何かあると、面倒だ」

そんなこともあって、俺からは女には必要以外は声をかけない。

もちろん、「抱く」なんてことは、全く考えもしない。

そもそも「その気」がどうも起きない。


そんな日が、一週間程続いた。

伊勢へも、ほぼ三日となった夜半、俺は背中に異変を感じた。

「おい・・・止めろ・・・」

女の身体を背中に感じた。

「俺に、その気はない」

「それにお前は辰吉だ」

少し強く言った。


「嫌です」

「それでは、寂しすぎます」

「貴方様なら・・・」

「私では・・・ダメなのですか?」

「貴方様でも・・・私ではダメなのですか?」

また女は泣き出している。








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