第214話伊勢詣(4)

「あの、お差し支えなかったら」

女は再び三つ指をついた。


意味がわからない、もしや途中まで?と思ったけれど、身なりはしっかりしてはいるものの、見知らぬ男との相部屋さえ厭わない女だ。

そのうえ、身なりのいい女が一人旅など、どう考えてもおかしい。

江戸から何かの事情があって、逃げ出したか、となれば追っ手が来る。

もし一緒に歩いていれば、いらぬ面倒に巻き込まれる。

だから、簡単に話を聞くわけにはいかないと思った。

少し、自分の身なりを整えるフリをして黙っていた。


「・・・お差し支えなかったら・・・」

それ以上は言えないのか、女が震えだした。

やはり、逃げてきたのか、追っ手がいるのか・・・

どうにもこうにも、困る女だと思っていたら、旅籠の前の道が騒がしい。


「逃げてきたのか」

それでも聞いてみた。


「・・・うぅ・・・」

女は泣き出した。


「見つかれば・・・殺されるのか」

どこまでの事情かはわからない。

しかし、踏み込んで聞いてみた。

これが、時々出る俺の悪い癖だ。


「・・・はい・・・伊勢には・・・母が・・」

女は途切れ途切れな声、既に泣き出して言葉にもならない。


そんな話をしていると、ますます旅籠の前の道の騒ぎが大きくなってきた。

ということは、「追っ手」が近づいたのかもしれない。


「しかたねえなあ・・・」

「俺の言うことを聞くんだぞ」

「何でも聞くか?」

また、俺の悪い癖が出た。


「はい・・・」

女は、少し不安げ、それでも俺を真っ直ぐに見つめてきた。


「じゃあ、見られたもんじゃないけれど」

女の立派な着物を脱がした。

女の顔は赤くなるけれど、かまっている暇はない。

俺の着替えの旅装束を着せる。

身なりでいえば、顔さえ見なければ、立派な男。

その上、丁寧にも、頭には、しっかり頭巾をかぶせる。


「いくぞ!辰吉!」

大声で女に声をかける。

「辰吉」なんて名前は、適当に思いついただけ。

女はちょっと呆れた顔。


大声に驚いて部屋に来た旅籠の者には、また余分に金を渡す。

「おい!草履と笠!」


旅籠の者も、心得たようで、玄関に降りるとキチンと準備してある。

「へい、追っ手は巻いときました」

「あっしも、あいつらは気に入らねえから」

「旦那さん、ご無事で」

「ああ、それから辰吉も」



追っ手も完全に大丈夫になった時、俺から女に話かけた。

「事情は聞かない」

「礼もいらない」


「そんな・・・」

女は、呆れたような、少し寂しげな顔。


「ああ、お伊勢様に詣でるのに、そんな不純なことは考えちゃならねえ」

「死んだ祖父さんの遺言だ」


「・・・いやです・・・それでは、私の気が済みません」

「昨日だって・・・」

女は、また泣き出した。





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