第213話伊勢詣(3)

隣でシクシク泣かれたからと言って、もともと知り合いでもなんでもない。

事情を聞いたからといって、この俺に何が出来るのか。

身体の具合が悪いのなら、医者を呼ぶしかないだろう。

しかし、「女」は、シクシク泣いているばかり、身体のどこかが悪くて、あるいは痛くて泣いているのだろうか。

そういう場合は、苦しむ、唸るとか、そういう動きになると思うけれど・・・

しかし、寝付きが悪い俺にとって、隣で泣く女は気になる。

何しろ明日も伊勢を目指して歩かなければならない。

少しでも、休みたいのだから、泣かれ続けるのも、少し困る。


「あの、泣かれているようですが、どこか身体の具合でも」

一言ぐらいは声をかけようと思った。

赤の他人とはいえ、旅人同士の声かけぐらはいいだろうと思った。


「・・・申し訳ございません」

「無理やり相部屋をお願いした上に、こんな恥ずかしい泣き声まで」

「身体の痛みではありません、お気になさらず」

女からは、本当に申し訳無さそうな声が聞こえてくる。


身体の痛みでなければ、心の痛みになる。

それにしても、こんな妙齢で美しい女に、心の痛みなど・・・

無粋な俺には、さっぱりわからない話。

ただ、身体の痛みと異なり、心の痛みとなれば「事情」を聞かなければならない。

そうは考えても、赤の他人、「心の痛みの事情」など聞く必要など無い。

女は、その後は泣くこともなかったので、俺も少しは眠ることが出来た。



朝になった。

旅籠のたいして美味しくもない朝飯は、また金を余計に包んで部屋まで届けてもらった。

何しろ、女の目が涙のせいか、腫れていたから。


朝飯も終わり、旅籠から外を見ると、幸い雨は降っていない。

「それでは、私はこれで、先を急ぎますので」

たまたま相部屋になっただけの女、何もなかった女であるけれど、一応の礼儀だから、一声くらいはかける。


「本当にご迷惑をおかけしました」

女は涙声のまま、三つ指をつく。

そして、

「あの・・・ご迷惑とは存じますが、どちらまで・・・」

俺の行き先を聞いてきた。

答えるも答えないのも、俺の勝手ではあるけれど、特に隠し立てをするような行き先ではない。


「ああ、伊勢詣です」

「しがない男の一人旅です」

そこまでぐらいは答えてもいいだろうと思った。


不思議なのは、俺の行き先を聞いた途端、女の顔がパッと輝いたことである。




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