第212話伊勢詣(2)

旅籠の者は、すぐに姿を消してしまった。

その上、丁寧に障子戸のところには「包んだ金」がそのまま置いてある。

こうなると、どうにもならない。

少々怪しい、もしや「美人局」とか、「遊女の類」とは思うけれど、女を見る限り、そこまでの「派手さ」は感じない。

一人旅の事情はわからないけれど、「まともな普通の女」と判断した。


二人きりになり

「お気を使わず」

無粋な俺としても、声ぐらいはかける。


「本当に、申し訳ありません」

「せっかくお休みのところ、無理を申しまして」

女をよく見ると、品の良さに加えて顔つきも美しい。

しかし、何より涙がにじんでいることに、気をひかれる。

と言っても、そもそもが赤の他人、事情など聞く必要もない。

結局、少しだけ顔を見て、顔をそむけることにした。

何しろ、女の着物は濡れている。

脱いで乾かさなければならないだろうと思った。

そうなると、どうしても顔はそむけることになる。


「私は、寝ますので、お好きなように」

そこまで言って、女に背を向けて寝ることにした。


「本当に申し訳ありません」

女は、また同じことを言う。

そして濡れた着物を脱ぐ音も聞こえてくる。


「どうにもなるものでもない」

「ただ、同じ部屋で寝るだけ」

「それが見知らぬ男と女であるだけ」

俺ににも「男としての気」がないわけではない。

しかし、隣で寝ている女には、全く「その気」が起きない。

何しろ、俺には「不釣り合いなほど」、女の品が高い。

声をかけても、話題も何も合わないだろうと思った。

そうなれば、身体を重ねるなど「ケダモノ」でしかない。

そんなことを考えていると、旅の疲れなのか、眠くなってしまった。

そして、ウトウトを始める。


異変を感じたのは、夜半すぎ。

女のシクシクとした泣き声が聞こえてきたのである。

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