第211話伊勢詣(1)

伊勢を目指して歩きだして、既に十日。

最近の伊勢詣は老若男女関わりなく、人気のようだ。

そんな状態だから、満足に旅籠にも泊まれやしない。

おまけに雨が続き、旅籠にとどまる輩も多い。

ますます相部屋ということが多くなる。

「さて、今日も雨が止まない」

「だけど、なんとか宿ぐらいは」と思い、余分に金を渡し、旅籠に入った。


「頼むよ、俺は寝付きが悪い方だ」

「相部屋の男のいびきだけは聞きたくないから」

旅籠の者に、また金を余分に渡し、相部屋とならないように頼み込む。


「へえ・・・それはそれは・・・了解しました」

旅籠の者は、よほど金がうれしかったのだろう、頭をその膝につくほど下げる。


「まあ、あれほど渡せば」

久しぶりの一人部屋、のんびりと横になっていると

「お客様・・・大変、申し訳ありませんが・・・相部屋をなんとか」

さっきの旅籠の者の声がする。

「ああ、相部屋は、困るっていったじゃないか」

おそらく、狭い宿場町だ、部屋もとうとう尽きたのかと思うけれど、それでは余分に金を渡した意味はない。

「ああ、いや、お金はお返しいたします」

「それから・・・男ではございませんで」

少し意味深な低い声である。


「女だと?」

まさか、女と相部屋とはありえない。

少しためらっていると、すっと障子戸が開けられる。


「あの・・・申し訳ございません」

「ご無理を承知で・・・」

折からの雨にすっかり濡れた三十代前半だろうか、それでも品の良い女が旅籠の者の隣に座っている。



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