第209話逢坂越えぬ中納言(完)堤中納言物語

女房の宰相の君が、中納言が待っているだろうと思い、妻戸の近くに戻ったけれど、誰もおりません。


「まあ、姫宮様のお返事を聞かなければ帰らないでしょう」

「他の女房にでも、声をかけたのかしら」

などと思い、少し待っていたけれど、いつまでたっても、中納言の姿は見えません。

「となると、聞いても仕方がないような姫宮様のつれない返事ですもの」

「お帰りになられたのでしょう、またしてもお気の毒に」

「私が姫宮様なら、こんな冷たい仕打ちなどしないのに」

など、ほとんど意味のない想いにふけってしまいます。

そして、まさか中納言が姫宮様のお部屋に入り込んでいるなどとは、全く考えもしないのです。



さて、姫宮は、不安な気持ちではあるけれど、やはり中納言になびくこともなく、そのままで夜を明かしてしまいました。

また、中納言も、気持ちは伝えるものの、それ以上の無理やりのことも、なさらない。

姫宮は「この私の気持を、ご察しください」とは申すものの、中納言としては、それは辛い。

なかなか、部屋から出ていく気にもならないけれど、

「もし、こんな二人の姿を、他人に見られたならば、姫宮はなんと噂を立てられるのだろうか」と姫宮が気の毒になるものの


「できることなら、今後は、そんな冷たいお顔をなさらないでください」

「それでも、お変わりがないとするなら、本当に辛いことです」

「私の真心をお聞きになった今でも、『冷たく接しましょう』と、お思いなのですか?」

「他の女性なら、ここまで冷淡なことは、なさりませんよ」

と、悔みごとをいい


「自ら入り込んだ恋なので、誰を恨むとはしないけれど」

「夏衣の薄い隔てが、これほど情けのないものとは・・・」

とお嘆きになるのです。

                                                                         (完)


※中納言は、中宮の弟君にて、中納言。

その若さと、美しさ、風雅にあふれ、帝にも女房たちにも大人気の貴公子が失恋をする話です。

そして、この話の題名の「逢坂越えぬ」は、「逢っているにも関わらず、一線を越えられない(契るには至らない)」という意味。


さて、やはり一線を越えられない貴公子ということで、宇治十帖の薫が想定されるところです。

光源氏や匂宮であれば、寝所に入りさえすれば、人違いであっても「一線」を軽々と越えてしまい、その上、相手の女を、夢中にさせることもできるのだけど・・・


薫もそうですが、この中納言は寸前で立ち止まってしまいました。


宇治十帖の大君は、「薫に見捨てられて醜態を晒したくない」、そういう世間体のために、一生独身を貫きそのまま亡くなってしまいましたが、この姫宮は「やがては」この中納言と結ばれるのでしょうか。


この物語の原作者は、続きを書いてないけれど、訳者として思うのは・・・

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