第207話逢坂越えぬ権中納言(4)堤中納言物語

帝は、中宮のところへ、お寄りになりました。

「こんなに面白いことをなさるのでしたら、是非、教えていただきたいものです」

「それに中納言と三位の中将が敵味方になったとすれば、それはお遊びでは終わりませんでしょうに」

中宮は、少しお困りの様子。

「まあ、それぞれに、ひいきがありまして、ごく自然に左右にわかれました、競争も見応えがありましたけれど」とお答えになられる。


帝は

「まあ、そうなると女房たちの張り切り方も、面白そうですね」

「どちらが勝ったのですか?まさか中納言が負けるとは考えられませんが」

などと仰せになる。


それが聞こえてしまったのか、三位の中将は御簾の中を悔しげに見ています。

その三位の中将の流し目は、人並みはずれて魅力があるけれど、中納言のドキドキするような優美さには、比べようもない。


その中納言は

「ああ、お遊びもこれでお終いだと、味気ないなあ」

「琵琶の音が聞きたくなるのですが」と弁に琵琶を弾くようにと、お言葉をかけます。


弁も心得たもので、軽やかに琵琶をかき鳴らすものだから、結局中納言も何か弾きたくなり、和琴を琵琶に合わせるのです。

三位の中将は横笛、四位の少将は拍子、蔵人の少将は「伊勢の海」を歌われます。

この若々しい声は、楽器の伴奏に乗り、この上なく美しい。


帝は、素晴らしい演奏を晴れやかな気持ちで聞いておられたけれど、中納言がこんなに素直に他の人と合奏をする、打ち解けるなどはないので、なかなか珍しいとも思う。


帝は

「明日は物忌み、夜もあまり遅くならないように」とお帰りになろうとするけれど、左方の中納言が持ってきた根の本当に立派で長いのを見て

「これほどの根は見たことがなかった、是非、証拠にと」お持ち帰りになる。


中納言も退出しようとするのだけど、

「階段のもとの薔薇の花も夏になれば開くのでしょうか」と、白楽天の漢詩をお詠みになる。

これには、若い女房たちも、たまらない。

中納言の後に、そのままついていってしまいそうなほど、うっとりと聞いている。



中納言は、訪ねようとおもった姫君のことを思い出すけれど

「随分、ご無沙汰をしているし、どうなさっておられるだろうか、少し不安もある」

「訪ねたいけれど、随分と夜の闇は深い」と結局あきらめて屋敷に戻る。

しかし、横になったにしても、まあそんな思いで、目が冴えてしまい、眠りにつくことなど、とても出来ない。


次の日、菖蒲の節句も過ぎてしまったけれど、名残惜しさを抑えきれず、菖蒲襲の紙をたくさん重ね、かの姫君に


「昨日ほど、本当に菖蒲草を引くのに、辛くわびしいと思ったことはありませんよ、深い恋路に下り立ってしまったようで」

とお手紙を差し上げるけれど、いつものように、姫君からは何も返事がない。


そんなことを嘆いているうちに、とうとう空しいまま、五月も過ぎ去ってしまった。

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