第205話逢坂越えぬ権中納言(2)堤中納言物語

さて、管弦の遊びも終わった。

中納言が、姉でもある中宮のお部屋に、「顔見世」ということでお入りになると、若い女房たちは、一斉に笑顔となる。


「まあ、これはこれは、素晴らしいお方がお見えになりましたよ」

「ねえ、さっそく、あのことをお願いしましょうよ」

口々に言ってくるものだから


中納言は

「そう言われましても、何をなさるのですか」

と聞くことになる。


女房たちは

「明後日なのですが、『菖蒲の根合わせ』をするのです」

「中納言様は、どちらのお味方をなさるおつもりなのですか?」

と、いきなり、聞いてくる。


中納言は

「いや、私は『菖蒲も知らぬ」身、無粋で物事の『あやめ』もよくわからないので、どちらでも菖蒲のように引き抜かれる方に」と、少し投げやりな様子。


すると、女房の小宰相の君が

「『あやめ』もご存知ないとなると、そういうお方は、右方にはいかないで、是非こちらの左方へ」と、無理やりくらいに、中納言を味方に引き入れてしまう。


中納言は

「まあ、こんな風に言われることもあるのですねえ」

と、少しだけ微笑むと、さっさと出ていってしまう。


中納言が左方についたということなので、右方の女房たちは、三位の中将を味方に引き入れることになった。

三位の中将も快く引き受け、なかなか頼もしいようだ。


中納言としては、それほど気乗りはしないのだけど、根合せの当日には、まあ見事な菖蒲の花を何本も用意していらっしゃる。

「こういうことをするのも、いささか大人げないとは思いますが」

「安積の沼まではるばると尋ね、掘ってきましたので、負けはしないと思いますが」

と小宰相の君を安心させる。


さて、右方の三位の中将は、根合わせが始まる前から、まあ中将には敵対心でもあるのか、かなり張り合った気持ちにあふれている。

「中納言は、まだ見えないのか」

そんなことを女房に聞くと


女房は

「あれあれ、なんというつまらないことを、三位の中将様のお声が大きすぎますよ、中将様のほうが遅く来られていますよ」

「中納言様は、明け方から来られて準備をされているのですから」

と返されてしまう。


そして、とうとう中納言が登場した。

そのお姿といい、雰囲気といい、同じ人間とは思えないほど、こちらが気恥ずかしくなるほどの、素晴らしいご様子である。


中納言は

「それにしても、私のような年輩者を挑発などされるとは、困りますねえ」

「この年になると、身体を動かすのも大儀なのです」

落ち着いて皮肉を言うけれど、中納言は二十一、二歳、それなりに落ち着いた雰囲気である。



「さて、それでは早く始めましょう、拝見いたしましょう」との声がかかり、人々もゾロゾロと集まってきた。

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