第169話フェリックス(7)(完)
「確かにフェリックスの放って置かれたと言う思いもわかる」
アンリの声は、実に弱々しい。
そういう弱々しい声を聞くと、怒り続けることも難しい。
「今、この国で世継ぎが決まらないとなれば、どうなるのか」
フランソワは、フェリックスが考えてもいないことを、問いてきた。
「・・・いや、そんなことを言われても」
フェリックスは、全く答えられない。
「すぐに国王が乗り出してくる、それはわかるか?あの強欲にして冷酷な男が」
「隣のミラノの領主もこの豊かな国を狙っているしな」
「それで、フランス、イタリアを巻き込み、おそらく戦争になる」
「あのハプスブルグとて、何を仕掛けてくるか、わからない」
「お前の父のセバスチャンは、戦乱に巻き込まれたというよりは、身分を知られていた故の、暗殺の可能性が強い」
「お前の出自も調べられているかもしれん」
「そうなれば、お前の身とて、危ない」
「先祖代々の領主の血は、そこで途絶え、領民とて何をされるか、わからない」
フランソワの表情は、すこぶる厳しい。
「それで・・・こんなことに」
フェリックスは、ようやく事態を理解することが出来た。
「それでも、フェリックス、お前がこの城に入れば」
アンリは、再びフェリックスの手を握ってきた。
「はい・・・お祖父様」
フェリックスには、もはや反発する気が薄れてきた。
「それで、すぐには、わが領民の血は流されない」
「世継ぎがいるとなれば、付け入るスキも狭められる」
フランソワが、アンリの気持ちを説明した。
「わかりました」
「後は・・・」
フェリックスとしては、「承諾」を決めた。
何より、育ったこの地に、他国の軍が入るなど、以ての外だと思った。
「ああ、次はお前の嫁探しだ」
「それも、すごく大切だ」
「慎重に交渉を続けている」
フランソワの顔は、まだ厳しい。
縁組の結果しだいでは、また領民の幸不幸に関わるためである。
「酒場女とは、何もなかったようだな」
フランソワの顔は、少し優しくなった。
「・・・え・・・はい・・・」
そんなことまで、知られていたのかと思うが、確かに酔って寝ると「何も出来ない」フェリックスである、そう答える以外にはない。
「ふ・・・酒も鍛えないと・・・そういう所が堅物のセバスチャン譲りか」
アンリは、ため息を着く。
「それと、時計の修理と届けは・・・」
フェリックスは、やはり気になっていることを、聞かないといけない。
「ああ、それなら心配はするな」
「全て、調べはついている」
「修理を依頼していたのは、全て、この城の関係者だ」
フランソワは、少し笑った。
「・・・え・・・・」
フェリックスは、もう、どう応えていいのかわからない。
「ああ、俺も時計修理は好きでな」
「手伝わせてはくれないか」
フランソワは笑いながら、またしても、耳を疑うようなことまで、言ってくる。
「だからな、フェリックス」
アンリはフェリックスの手を、強く握ってきた。
「とにかく、良縁を得ること」
「早く、子を作ることだ」
「・・・そうは言われても・・・」
フェリックスは、バルコニー越しに見える街並みを見た。
かつて、「育ての父母」と暮らした小さな時計修理店も、あの街並みの中にある。
突然、状況は変わってしまったけれど、あの街並みを守りたいと思った。
そうすることが、今まで、自分を育ててくれた父母と、街の人々への恩返しだと思った。
そう思ったら、フェリックスは珍しく涙があふれてしまった。
「泣くな、フェリックス」
「お前はこれからだ」
フランソワから声がかかった。
フェリックスは頷いた。
そして、アンリとフランソワに願った。
「もう一度だけ、育ての父と母の墓参りに」
「落ち着いたら、実の父と母の墓参りに」
フェリックスは、そこまで言ってアンリの手を離した。
そしてバルコニーに立った。
美しい夕焼けが、フェリックスとフェリックスの街を包んでいる。
(完)
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