第162話聞こえてきた笛の音(3)(今昔物語)

妻は驚き、また、懐かしく思うのですが、恐ろしくもあり、そっと立ち上がり、蔀の隙間から、外をのぞくと、立っているのは間違いなく夫です。

そして、その夫は、泣き泣き、歌を詠みかけてきます。


死出の山

    越えぬる人の

          わびしきは

               恋ひしき人に

                     あはぬなりけり


死出の山を超え、冥土にいる私が、これほど寂しいのは、恋しいあなたに逢えないからなのです。


こう詠みかけて立っている姿は、生きている時と全く変わりませんが、妻としては恐ろしいのです。

そしてもう少しよく見ると、夫は下紐を解き、その身体からは煙が立ち上がっています。

妻がますます恐ろしくなり、何も言えずにいると夫は


「無理もありませんね。私のことを、ずっと想ってくれている姿を不憫に思い、無理やり、暇をもらいやって来たのです」

「しかし、本当に私の姿が恐ろしいようですね、それでは私は帰るとします」

「こんな焦熱の苦しみを日に三度受けているのです」

と言って、かき消すように見えなくなってしまいました。


妻は、夢かと思ったけれど、夢ではないと考え直しました。

ただ、不可解なこと、と思うだけです。


「恐ろしかったけれど、想いは届いていた」

そのことだけを、心の中に収め、夫を想い続け、その後を生きたそうです。



※今昔物語を訳してみました。

 怖さもありますが、好きな話です。

               

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