第156話なびかない男(3)

明日香は、固く心を定め、翼に迫った。

翼が何と言っても、食事デートに誘うのである。


「ねえ、翼君、イタリアンで美味しいという評判のお店があるんだけれど、一緒にどうかな、いろいろお話したいからさ」

明日香は、思いっきりの笑顔で翼を誘った。


翼は、珍しく困った顔を見せた。

「明日香さん、いつも至らない僕の面倒を親切に見てくれて、感謝しています」

「それで、本当に申し訳ないのですが、午後5時以降はどうしても用事がありまして、明日香さんのお気持ちだけ、ありがたくいただいておきます」

・・・ていねいな、「お断り」が返ってきた。

しかし、そんなことでは、明日香は納得できない。


「翼君、午後5時からの人間関係だって、仕事の上で重要なんだよ」

「先輩が誘ったんだから、ありがとうございますって、二つ返事でついてくるのが普通だと思うけど?」

「その5時からの用事って何なの?私生活だから言わないかもしれないけどさ」

「それとも何?私だとダメなわけ?」

明日香は、少し切れ掛かっている。

何しろ、予想外でフラれた直後でもあり、ここでまた「新入社員の年下、翼」にフラレたら、明日香のプライドがズタズタになる。


翼は、ますます困った顔になった。

そして、次に翼の口から出た言葉は、明日香にとって、本当に衝撃だった。


「あの・・・ごめんなさい」

「あくまでも、僕の私的なことなので」

「それから、もう、誘わないでください」

「珈琲も紅茶もお菓子もけっこうです」

「お話は、仕事だけに限定してください」


「え・・・何・・・こんなの初めて・・・」

明日香は、その立っていることが危なくなるほど、動揺している。

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