第148話雨の兼六園(8)(完)

「俺が忘れていることって?」

何しろ、さっぱり見当がつかない。

情事の後の気だるさだけではない、記憶そのものがないのである。


「それでも・・・忘れていても仕方がないかな」

圭子は、腕をほどき、ゆっくりと起きた。

そして、そのまま自分のカバンの所へ歩いていく。


「あまり、見ないでね、お尻なんか」

そんなことを言われたら、逆に見てしまう。

なかなか後ろから見てもきれいな女だと思う。


圭子は予想通り自分のカバンから何か取り出した。

そして、そのまま振り返り歩いてくる。


「あら、眼を閉じたりして」

「どうして見ないの?今さらなのに」

お尻は見るなと言うのに、よくわからない女だと思う。


「それでね」

圭子は、再び布団にもぐりこんできた。

「これ・・・覚えている?」

圭子が見せたのは、一枚の集合写真。

横浜山下公園の氷川丸をバックにたくさんの小学生が写っている。



「これは・・・横浜の小学生?・・・え・・・あれ?」

「覚えている・・・あ・・・」

「これって・・・俺?」

「え・・・え・・・どうして?」

「ここ、金沢だよ?」


「もしかして・・・あの・・・圭子ちゃん?」

「あの・・・学級委員だったよね、いつも宿題忘れた俺を怒っていた・・・」

「でも・・・マジ?」

自分でも言っていることが支離滅裂だ。


「それでね、ここ・・・私」

圭子は、少し離れた所に写る女の子を指さした。


「えーーーーー」

もう、何も考えられない。


「私ね、中学から、こっちに来たの」

「晃は、私立中学だったよね、だからわからなかったかもしれない」

「父親が死んで、母の実家で母と暮らした」

「きのうのお店は、母がやっていたお店だよ」

「その母も、途中から認知症で施設にいて、面倒を見ながら、母の跡を継いだの」

「だから、男と付き合うなんて暇も何もなかった」

ここまで話してくれてようやく、圭子がここ金沢にいることがわかった。


しかし、圭子の店にフラリとあてもなく、入ったのは事実である。

それなのに、圭子は何故、俺のことがわかったのだろうか。


「晃・・・不思議でしょ?」

圭子はクスッと笑った。

「そりゃ、そうさ、ありえないもの、こんなこと」

それ以外に答えようがない。


「私も最初はわからなかったよ、入って来た時はね」

圭子は、胸の上に顔を乗せてきた。

「でもね、途中から、わかった」


「いい加減な話し方とか、料理もお酒もお任せとか、女に引き気味の態度とか」

圭子は、そう言いながら足を絡めてくる。


「そんな奴なんか、たくさんいるんじゃないの?」

ついつい反発。


「いや、それがそうじゃないって、私なんかの店だと、小さいお店で」

「新規の客とか観光客は、ほとんど来ない」

「死んだ母さんの馴染みの客ばかりなの、料理そのものが昔風のしかつくらないし」

圭子の足の力が強くなる。


「それとね・・・私も不思議なの」

圭子は俺の胸を噛んだ。

ちょっと痛い。


「この写真をね、昨日の朝、母の仏壇を掃除していたら出てきたの」

「昨日は、母の命日だったから」

「それでね、一番最初に目に飛び込んで来たのが、忘れん坊の晃」

「小学生の頃、さんざん叱って面白かったなあ」

「そんなことを思いだして、母にお線香あげたの」


「そして店を開けたら、珍しく若い男、それが晃にそっくり」

「名前を聞いたら晃って言うから、大当たり・・・」

「これは、母のお導きって思ったの」

圭子は、噛んだ胸を撫で始める。


「それにしても・・・まだ・・・」

「どうして独り身ってわかったの?」

まだまだ、できすぎだと思う。


「ふふ・・・それは山勘・・・」

「でも、こんな決算の時期にフラフラ来る旅行者なんて、独り身に決まっている」

「でもちょっと不安だったから、ポロッと言ったら晃がビクッてしたから、これもあたり。宿題を忘れた時に叱った反応と同じだったし・・・」

圭子の手は胸から腹のほうに移動している。



「あと、もう一つはね・・・」

圭子は今度を耳に息を吹きかけてきた。


「わっ!」

何でイキナリって思うけれど、圭子は笑っている。


「耳たぶの、ホクロだよ」

今度は、耳をなめ始めた。


「うーーーーー・・・・」

それ以上は、もう言葉がでない。


「だから・・・晃・・・縁なの」

「最初は理屈なんてないって言ったけど」

「それは晃を引き留めるための言い訳」

圭子は泣き出してしまった。


「圭子」


やっと声が出た。

子供の頃、圭子の母を見たこと。

圭子に叱られションボリしていた時に慰められたことも思い出した。

「お似合いだよ、苦労するけど」

そんな圭子の母の声まで、急に思い出した。



「わかった」

「抱くぞ」

圭子を自分から抱いた。



「晃・・・すごくなっている」

圭子は喘いでいる。



「ずっと・・・刺激するから・・・」

「でも、そうでなくても・・・」


思いっきり抱き、思いっきり求めあった。



行為が終わった。



「もし・・・ホテルで別れて、雨の兼六園を二人で歩かなかったら?」

圭子に聞いてみた。


「そこまでの縁だと思う・・・」

「泣いてあきらめたと思う」

圭子は、また俺の胸をなでている。


今度は圭子が聞いてきた。


「晃」


「うん」


「晃のこと・・・ずっと叱っていい?」

「意味はわかるよね・・・」


「え?」


「うるさい!ずっと叱ることにする!」

「もう、決めた!」

圭子は、ギュッと握ってきた。


「痛い!」

悲鳴をあげたら


「本気だよ!」

ますます力を込めてきた。


                              (完)






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