第147話雨の兼六園(7)

目の前で女に泣かれてはどうにもならない。

圭子を抱きかかえ、兼六園を出た。


「ホテルはチェックアウトしたので」

圭子の手を握ると、小さく頷く。


「私が案内します」

そういうので、圭子を車に乗せた。

そして、圭子の案内通り、車を走らせる。

今さら、こういうことになった理由は聞かない。

圭子が言った「理由なんかない」、その言葉だけが頭の中にあるだけだ。


「この旅館です」

小一時間ほど走り、着いたのは片山津の立派な温泉旅館。

豪華なロビーに入ると、圭子は小走りでフロントへ。

すぐに部屋の鍵を持ってきた。

何も言うことはない。

ここまで来たら、覚悟を決めようと思った。


圭子が部屋の鍵を開け、一緒に入った。


「うわ・・・豪華な・・・」

本当に広い部屋である。

眺めが素晴らしい、川だろうか、潟だろうか、静かな水面が見えている。


「晃さん、気に入りましたか?」

圭子は、やっと少し笑った。


「うん、ありがとう」

ここでも、理由は聞かないことにした。


「晃さん、最初に、お風呂しましょうか?」

圭子の顔は笑顔から、赤くなった。


「うん、そうするかな」

少し間をおいて

「圭子も一緒に」

圭子の顔は、本当に紅くなった。



二人で、部屋の中にあった露天風呂に入った。


そして


その中で求めあった。

圭子は何度も涙を流した。

「うれしい、ありがとう」

「晃さん、ここに来てくれてありがとう」

何度も同じ言葉を繰り返す。


風呂から出ても

 

ベッドで求めあった。


行為がようやくというか、一旦終わるが、圭子の腕は、俺の身体にまきついたまま。

「・・・ありがとう・・・晃さん」

さっきよりは圭子の声が落ち着いている。


「うん」


「今日のことは・・・」

圭子は腕の力を強くしている。


「うん・・・」

おそらく「忘れて欲しい」というのだと思った。

そもそも、縁もゆかりもない、男と女の情事である。

しかし、圭子の言葉は、予想とは異なった。


「上手く言えないけれど」

圭子は俺の胸にその顔を埋めた。


「晃さんも、独り身・・・私も独り身・・・」


「・・・」

圭子は、何故、俺が独り身なのを知っているのだろうか。

昨日の小料理屋では、そんな現実の話は、何もしていない。

少なくとも、自分の話はした記憶はない。


「圭子?どうして?」

本当によくわからない。


「晃が忘れているだけだよ」

晃さんが「晃」に変わった。


さて・・・忘れていることとは・・・

本当に不思議なことだった。










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