第146話雨の兼六園(6)

さすがに昨晩出会ったばかりの圭子と「いきなり」といううわけにはいかない。

そのまま、ホテルをチェックアウト、圭子に雨の兼六園を案内してもらうことにした。


「少し残念・・・」

意味のわからないことを言いながら、圭子は兼六園の説明を始めた。


「もともとは、金沢城の外郭として城に属するお庭です」

「庭としては加賀五代藩主前田綱紀公が蓮池御亭を建て、周辺を作庭したことに始まるんですが・・・」

「ちょっと聞いています?」


少しうとうとしていたら、突っ込まれてしまった。


「あの・・・覚えきれないから、実際に目で見て」


「しょうがないなあ・・・」

圭子は、クスッと笑い、案内を始めた。


唐崎の松、曲水、夕顔亭、時雨亭、根上松、梅林、雁行橋・・・

通りかかるごとに、説明を丁寧にしてくれるが、ただ美しいと思うだけで、内容は覚えきれない。

それよりも、圭子の今日の雰囲気が昨日よりも、何故かしっとりとしている。

ほのかに香るフレグランスのせいだろうか、近付くたびにドキドキしてしまう。


「それから、あそこに桜の木があるでしょう」

「普通は桜は下から見上げるけれど、ここでは上から見るんです」


確かに、ここは高台になっているし、その壁面に桜がたくさん植えられている。

満開の時など、他とは異なる魅力を感じるのだと思う。

それでも、雨の兼六園を一周し、ほぼ一時間経った。

目に見えてきたのは、兼六園の出口。

つまり、ここで圭子とは、お別れと思った。


「本当にありがとうございました」

「昨晩から今日の午前中まで、楽しい時間を過ごさせていただきました」

「また、お逢い出来る日を楽しみにしています」

圭子に頭を下げた。


頭を上げると圭子が真っ直ぐに見つめている。

少し怒った顔。


「あの、まだ、お約束終わっていません」

「今日のお宿は準備してあります」

圭子は、手を強く握って来た。


「理由は私もわかりません」

「今は・・・貴方が欲しい」

「本当は昨日からです」


圭子は、とうとう泣き出してしまった。



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