第142話雨の兼六園(2)

「天狗舞の生酒、火入れをしていないお酒です」

きれいなグラスに注がれた酒を口に含む。

香りといい、風味といい、これは普通の料理屋では、なかなか出ない酒。

それだけでも、感激。

女将の控えめな笑顔も、その風味を増す。


「こんな、きれいな人に、これほどのきれいなお酒をいただくだけでも」

つい、心のままを言ってしまう。


「あら・・・お世辞もほどほどに」

小首を傾げて微笑む雰囲気も、ドキドキ感を増す。


「いや、お世辞など苦手です」

ドキドキ感にうろたえていると


「ゴリの佃煮」

「治部煮」

「鯛の唐蒸し」

「ふぐの粕漬」

・・・

様々、金沢の銘料理が出て来る。


「お口に合いますでしょうか?」

やんわりと聞いてくるけれど、とにかく美味しいとしか、言いようがない。


それでも、途中で気がつくと、他に客はいない。


「いや、こんな素晴らしい料理の数々、そしてきれいな女将さんで」

「お酒も美味しくて」

「金沢に来てよかった、ありがとうございます」

お礼まで言ってしまった。


「そうですか・・・ありがたいですね」

女将は、相変わらずやさしい顔。

「それで、お泊りは今日までなの?」


「はい、明日の午後帰ろうかと」

そう言うと女将は、少し寂しそうな顔。


「兼六園には?」

女将が聞いてくるものだから


「明日行こうかなと思っていたのですが、どうやら雨のようなので」

広い公園らしいし、雨降りの散策はどうかなあと思っている。


「ふぅーん・・・」

女将は、少し考え、カウンターから出て、店の外に出た。

少し肌寒いと思っていたら、どうやら暖簾を外している。

まだ、午後9時なのに。


「あ・・・済みません、閉店ですか」

店に戻って来た女将に聞いてみた。


「いや、そんなことはないですよ」

女将はクスッと笑う。

「長居してもらうために、外したんです」

そして、そのまま隣に座った。


その時には、その先がまったく見えなかった。



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