第111話仕事大好き女(1)

たか子は、自他ともに認める「仕事の出来る女、仕事大好き女」である。

普通にしていれば、かなりな美形であるので、恋愛話の一つ二つはあるのだろうが、そんな兆候など、全くない。


「そんな恋愛なんかで、仕事の時間を取られたくない」

「自分より仕事が出来る男なら、付き合ってあげてもいいけれど、そんなの一人もいない、能力もなく不細工な男しかいない、この社には」


また、サービス残業も全く意に介さない。

また同僚にも、本当に厳しい態度を取る。

「会社から給料をもらっているんだから、会社に尽くすのは当たり前でしょ」

「ロクな仕事も出来ないくせに、私より早く帰るなんて何様のつもり?」

「家庭がある?子供の都合?そんなこと言うんだったら、さっさと会社辞めたら?」

「あなたの存在なんて、会社の迷惑にしかなっていない、私にも迷惑なの」


そんな状態が続き、社内の雰囲気も次第に悪化。

たか子を嫌い、転職する社員や配置転換を望む声が増えた。

通常のサラリーマン社会ではありえる、忘年会や歓送迎会も、たか子の「仕事第一主張」で、開かれることはなくなった。


しかし、たか子はそんな状態も、全く意に介さない。

「文句を言うんだったら、私より仕事の成果だしなさいよ!」

「あなたたちみたいな低能力の人でもね、会社に使ってもらっているんだからね」

「何の向上もないのに、酒飲んで騒ぐ?馬鹿としか思えない」


しばらくして、たか子が、残業続きで体調でも崩したのだろうか。

大きなマスクをして出勤してきた。

顔も赤みを帯びて、熱があるような感じも見受けられる。


「おはようございます」の声もガラガラ、自分の椅子に座るのも、少しふらつく。



「・・・おそらく風邪かなあ、インフルエンザかも」

「移されたら迷惑だよね、近寄らない」

「何時まで残業するか見ものだよね」

「私たちは、どうせ低能だから、定時に帰りましょう」

「そうだね、いいよ、あんな人、怒っていれば気が済むんだから」

「仕事に生きて、仕事に死ねばいいと思うよ」

結局、同僚たちは一日中、たか子と話もせず、そのまま定時で帰宅してしまった。


それでも、たか子は残って仕事をした。

「あいつらなんて、もともとあてになんかしていない」

「仕事に生きて仕事に死ぬ?ああ、それが本望さ」

「絶対病院なんていかない、時間とお金の無駄、何より仕事優先、それが当たり前」


たか子は熱が38度、39度あっても、その仕事のスタイルは変えなかった。

とにかく歯を食いしばって仕事をした。


ただ、それにもついに限界が来た。

たか子は自宅で、40度の熱になり、倒れてしまったのである。

たまたま日曜日だったので、夕方まで寝れば治ると思ったが、夜になっても、なかなか熱は下がらない。


翌朝、月曜日になった。

今日は出勤しなければならない日。

しかし、頭がフラフラとする。

体温計は、39度をさしていると思った。

目が少しぼやけているが、39度に下がったと信じ込んだ。


必死にベッドから起き上がり、服を着ようと思った。

しかし、無理だった。

クローゼットの前で転倒、頭を床にしたたかに打った。

どこか切れたらしい、血も流れている。


「しかたない・・・休むか・・・」

必死にベッドに戻り、スマホを手に取る。

「あ・・・充電忘れ・・・」

たか子は、日々の高熱で、充電をすることすら忘れていた。


固定電話も「お金の無駄」と設置は無く、会社からの電話もスマホ電池切れから、かからない。

外の公衆電話も、かなり距離があるし、とても歩く体力はない。


ここにきて、たか子は生涯はじめての「連絡不能・無断欠勤」をすることになったのである。






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