第96話暴言レース編み女の恋(4)

「そんな・・・恐れ多い・・・」

フィリッポから「何か」をささやかれた直後、ビアンカは腰が抜けてしまった。

「この下賤のレース編み女の私が・・・」

ブツブツとつぶやくが、次の言葉が出てこない。

その次の言葉とは、それほど恐れ多い名前なのだろうか・・・


「そうなんです、あなたの本当の父は、教皇レオ10世様」

「すでに3年前にお亡くなりになりましたが、いつもビアンカ様のことは気にかけておいででした」マリアは涙ぐんだまま、ビアンカにとって「恐れ多い事実」を述べている。

ただ、マリアの家柄は、ビアンカの目から見ても、確認が出来る。

メディチ家でしかつけられない紋章のカフスを袖口につけているからである。


「それでは・・・母は・・・」

父が真実の父でないとすれば、母はどうなのか、震えながらもビアンカはマリアに尋ねてみた。


「・・・それは・・・言いづらいことではありますが、母はビアンカの実の母です」

マリアの顔が沈んだ。


「つまり、教皇を目指す聖職者として、スキャンダルを恐れ、ビアンカを隠し子とした」

「そのため、もともとは、レオ10世いや、ジョバンニ・デ・メディチの従者だった男とビアンカの母を形式的に結婚させた」

「そして、ビアンカを育てた両親が亡くなった時期、つまり君が15歳の時に引き取ろうと画策もした」

「しかし、その時期は、メディチ家はフィレンツェ追放の身にあったし、市街地に入るだけでも監視の目がきつかった」

「救い出そうとしたものの、メディチ家はおおっぴらには何もできなかった」

「メディチ家の表の人間も使えず、裏仕事をする人間でさえ、何もできない時期が続いていた」

「だから、本当にビアンカには苦労をさせてしまったのさ」

フィリッポも苦しい事情を語る。


「そんな中で、かろうじて支援が出来ることといえば、ビアンカのレース製品を買うこと、どんなに拙くても、どんな状態でも」

「かといって、買いすぎて裕福になりすぎても、また不自然」

マリアはビアンカの顔をしっかりと見た。


「・・・そんなことを言われたって・・・急に言われたって・・・」

ビアンカは、もはや何を言い、何をしてよいのかわからない。

それに、「フィリッポとはメディチ家の何?」、ジョバンニとマリアがメディチ家であることはわかる、しかし学者のフィリッポがどうしてメディチ家と関係しているのかがわからない。


「ああ、そこで僕の説明かな?」

ビアンカの気持ちを察したかのようにフィリッポが応えた。

相変わらず、柔らかな笑みをたたえている。

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