第93話暴言レース編み女の恋(1)

ビアンカは30歳、フィレンツェの下町では、誰もが恐れる暴言パワーあふれる女である。

とにかく、目の前のちょっと気に入らないことがあると、思いっきり暴言を吐く。


「おい!お前の家の前の掃除!何にもやってないのかい!」

「ゴミが風に舞って、この家まできたら、迷惑なんだよ!損害賠償しろ!」

「そこのガキども!無駄口叩くな!学校に行くのに無駄口が必要なのかい!」

「泥付き野菜を積んだ荷車を家の前は、通らないでくれ!土が舞ってくる!」

「おい!そこの厚化粧の女!真面目一方の亭主に愛想つかせて不倫でもするのかい!」

「何だって?教会への寄付?そんな金はないよ!神からなんて、何も恩なんてもらってない!それでもっていうならワタシの分まで、あんた出しといて!」

・・・・

これ以外にも書くことが出来ないような汚い暴言が数多ある。

それに、一旦暴言を始めると止まらなくなる。

そのため、誰もが恐れる暴言女となってしまった。


ただ、ビアンカにはビアンカなりの「そうなる理由」もあった。

両親は、疫病でビアンカが15歳の時に、ともに世を去った。

それ以来、家業の「レース編み」を懸命に続けてきた。

若い娘が未熟ながら「レース編み」をやっているということで、ほめる人もあったが、たいていは技術の未熟さから「軽く見られ」、商品はかなり値切られ、そのうえ、売上も少なかった。

それでも、生来の負けず嫌いから必死に技術を身に着け、普通並のレース職人になったのである。

「とにかく誰にも負けてはならない、言いたいことは全部言って、言葉で圧倒すれば何とかできる」

そして、これがビアンカの心を貫く持論になった。


そんなビアンカの店に、一人のヴェローナ出身の若い学者が訪れた。

その学者は、本当に丁寧な物言いで、数点レース商品を購入し、お礼までビアンカに述べ、帰っていった。

ビアンカにとっては、まったく異質の客であった。

値切られることはあっても、正規の値段で買ってくれた客など誰もいない。

そのうえ、ほとんど初めての「お礼」まで言われてしまった。

「あれ・・・どうしよう・・・」

「今日だけかな、今度いつか来るのかな」

日々、そんなことを思いながら店にいる生活が続いた。

そうなると、なかなか「暴言」もできなくなった。

もし、万が一「暴言」をしている最中に、あの学者が来たら・・・と不安になるのである。



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