第90話ふくよか芳香さん③答えられない質問

ふくよか美人の芳香さんは、どうやら温泉好きらしい。

土日になると、あちこちの秘湯めぐりをしている。

時々は、誘ってくることもある。

ただ、絶対に「誘い」には乗らない。

何より「誘い」に乗った瞬間、「運転手」に決定だ。

そうなると、秘湯なんて目指したものなら、ナビもろくに表示しないような、変な細い道を走らなければならない。

それに、運転手になると風呂上りのビールも飲めないではないか。


しかし、今回の「誘い」は本当に、しつこかった。

「車は使いませんし、ビールも電車内で飲めます」

「湯冷めしないように、貼り付けカイロも仕入れました」

「ねえ、行きましょうよ!」

「お料理もいいし、日本酒も産地ですし」

もう必死な形相で誘ってくる。


「で、なんで俺なの?」

「他の人じゃだめなの?」

なかなか気が乗らないのも事実である。


「・・・それって・・・私を嫌っているんですか?」

「一緒に温泉に行くぐらいで、嫌がるんですか?」

芳香さんも案外泣き虫だ。

口を「への字」に結んでいるし・・・


ただ、こうなると、なかなか嫌とは言えない。

「うん・・・芳香さん、可愛いし、温泉も行くよ」

「で、どこの温泉?」

まるで、ダダをこねだした子供をあやす感じだ。


そう答えると、芳香さんの顔はパッと輝く。

「えーっとね、子宝温泉!」

「縁結びの神様って書いてあります!」

カラーのパンフレットをサッと差し出してきた。


「何の意味?」

「そういう関係?」

と思ったけれど、「芳香さんの行きたい温泉が、たまたま、そこだった」と、我が心を落ち着かせる。


芳香さんの、子宝温泉アピールは続く。

「ここね、お団子も美味しいんですって」

「いいじゃないですか、ひなびた温泉旅館でお団子とお茶って」


ところが、俺は、やはり無粋な男だった。

芳香さんが「お団子」と言った途端、「姉と芳香さんと妹」「ふくよかお団子三姉妹」を思い出してしまった。


思わずプッと吹いて

「へえ・・・お団子ねえ・・・」

と、ようやく言葉を返すと、芳香さんが目を丸くする。

「あら、表情が変わりましたけれど、何か?」


俺は、ドギマギして、答えられなかった。

後が怖かったし・・・







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