第84話イケメン男子とお局様

圭子は既に29歳。

同期女子は全て良縁を得て結婚してしまった。

若い娘が多いこの社では、ほぼ「お局様」状態。

かといって、特別な地位を与えられているわけではない。

「器量は十人並、スタイルは少し崩れ気味、勤続年数が長いだけが取り柄」の平社員でしかない。

思えば入社以来7年間、夏の納涼会と冬の忘年会、毎春の歓送迎会以外は、男性と酒や食事をする機会がなかった。

それに、そんな宴会に出たところで、男性の隣に座るとか、お酌をしたりされたりすることもなかった。

何より、そんなことは面倒だし、さっさと帰りたいのが本心だった。

男性と会話をするのは「あくまでも業務上、要件のみ」である。

「ああ、いいさ、もう29歳、誘いも今までなかったし、独身貴族を貫くさ」

「そうすれば恋愛もなければ失恋もない、金もたまる」

ある意味、お気楽なOL生活を送っていた。



そんな圭子の部署に、総務部から人事異動で晃が入って来た。

2歳年下にして、かなりイケメン。

実家も、この社の取引銀行の役員一族で資産家。

圭子以外の若い女子社員たちは、配属と同時に、猛アタックを開始する。


まず、朝のお茶出し、お昼のお弁当差出、コンサートや美術展へのお誘い、すごいのは自らの実家への招待・・・女子社員も多いことから「晃招致活動」は凄まじいものがある。


しかし、圭子は、そんな「招致活動」には、まったく関心がない。

「イケメンで資産家ご子息って言ってもね、ここの部署の仕事に慣れてもらわないと困る、職場には恋愛をしに来ているわけじゃない、仕事最優先」

そんなことを言いながら、「お局様特権」を利用し、晃は自分の隣の席に変えてしまった。

何しろ晃を狙う女子社員の真ん中に、晃を座らせるから大騒ぎになるのだし、「そんなイケメンとの夢も希望もない」圭子の隣に座らせれば、大騒ぎもおさまると考えたのである。


「で、晃君、この書類、今日中に」

イケメン晃への、業務指示もけっこう厳しい。

普通なら、残業3時間かかる仕事を退社時刻1時間前に突然、渡す。

そして翌朝、少しでも誤字脱字を発見すると

「何でこんな字間違うの?立派な大学出てるんでしょ?裏口入学?」

目一杯、口を極めて罵倒する。


そんな「イジメ」に近い日々をまず、一週間続けた。

誤字脱字とか、書類ミスがないと、少し腹が立った。

3時間残業の仕事を5時間残業に変えて、しかも退社時間20分前に渡した。

とにかく若手女子社員が心配するほど、圭子の「書類押し付け」は続いた。

「まあ、毎日こんなことをやっていれば、自分からこの社を辞めるか、移動願いを出すだろう、いなくなれば若い女どもが騒がなくなるし、静かになる」

圭子は、そのスタイルを決して変えることはない。


そんな日々も1か月になった。

圭子にとって気に入らないことが多くなった。

イケメン晃の書類ミスが、全くない日々が続いているのである。

「どうして?あれほど書類を押し付けたのに」

圭子は、少し焦って来た。

何より、「イケメンを罵倒すること」に快感を感じていたからである。

それに、既に「押し付けられる書類」も、「与え過ぎた」せいか、無くなってしまった。

残るのは、「圭子自身が点検するべき書類」である。


「・・・そうか、これを、晃に点検させよう・・・」

圭子は、そう考えて、その書類を点検させることにした。

そうすれば「晃の点検を再点検して、罵倒出来る」と考えた。

そうなると、楽しくて仕方がない。

「ああ、晃君、これも点検しておいて、ほとんどミスもないと思うから、1時間で終わるかなあ」

それで、焦りは全くなくなり、ニッコリ定時退社は継続となった。



ただ、翌日、朝から異変が発生した。

「圭子さん、間違いが無いとは思ったのですが、全てコピーを取り、点検いたしました、圭子さんご自身の目で再確認してください」

晃は、圭子が渡した100枚の書類を、丁寧にもコピーを全部取り、コピーの上に点検を行ったのである。


「・・・このアホ!コピー代がもったいないでしょ!」

最初は、周囲に聞こえるほどに、晃を叱った。

しかし、すぐに声が出なくなった。


「え・・・誤字、脱字、1ページあたり、10箇所?文意不明?数字間違い?」

「やば・・・全部のページ間違い・・・」

「これを、このまま出していれば・・・」

晃を「今日こそ罵倒しよう」と思っていたニンマリ顔は消え去った。


その圭子の表情の変化を、女子社員や上司は、しっかり見ていた。


「圭子さん!やりすぎです!」

「あまりにも、イジメがすごいので、途中から私たちが手伝いました」

「圭子さんって、ここまで書類ミスが多いなんて知らなかった」

「晃君には、それでも圭子さんには言うなって念押しされたから、言わなかったけれど」


上司が、うなだれる圭子に声をかけた。


「晃君は、圭子さんの書類ミスの多さも、配属された時からわかっていてね」

「そもそも、晃君は総務部で、圭子さんの書類ミスが多いことがわかっていたんだけどね、総務部の時は、何も言わないで直してくれていてね」

「こっちに来てからは、圭子さんが退社した後、それも全部直していた」

「晃君の書類点検がなかったら、この社全体が危なくなることたくさんあったのさ」

「それでも、晃君はやさしいから、何も言わなかったけれど」

「全部カバーしてくれたのは、晃君だよ」


圭子はその言葉で泣き崩れてしまった。

それでも、晃に文句を言うクセは変わらない。

「あんたが、さっさとミスを指摘してくれれば、こんな恥をかかないですんだのに」

「こんな恥をかかせて、私を何だと思っているのよ!後輩のくせに!」


晃の配属後1か月で、圭子は書類を扱わない部署に、人事異動となった。

晃は、書類点検を一番手伝ってくれた真由美と付き合うようになった。


「まあ、圭子さんの書類ミスを指摘したら、じゃあこれも最初からって渡されるのがわかったからね、残業3時間では足りなかった」晃

「何の腹いせかわからないけど、まあ、ひどかった、よく我慢したね」真由美


「圭子さんには、総務の時、ちょこっと言ったことあるけど、もの凄い文句の嵐だったし、そこであきらめた」

「でも、書類ミスから会社を守らないとさ、みんなが困る、書類も大事」晃


「私も晃大事にする、だから・・晃も」真由美

愛が深まる二人になっている。


さて、圭子は、人事異動となった部署では、その環境に馴染めず、1週間で退職。

次の就職も、なかなか見つからない。



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