第71話腰痛に駆けつける女美紀

書類がたんまり詰まった段ボールを、ヒョイと持ったのがまずかった。

いきなり、「ビリビリビリ」「ギクン」となった。

腰を抑えてしばらく身動きもできない。

おまけに吐き気もしてきた。

しかし、吐くわけにはいかない、ここは社内の機密書類を保管する書庫なのだ。


よろけて壁をつたいながら、ようやく書庫から廊下に出た。

心配そうな、それでいてクスクス笑いながら同僚社員たちは、通り過ぎていく。

「なんて薄情な奴らだ、男も女も」

ただ、そうは言っても「ぎっくり腰」だけは、他の人がどうのこうの、その場では出来ない。

何しろ、近くに寄って来られただけでも、痛い。

以前にも数回経験があり、回復には平均で十日かかった。

だから、今回も、その「十日」は、痛いのである。

それを考えると、ますます痛くなる。

会社など、休みたいところだけど、仕事はタイトだし、とても言い出せない。

それに何しろ、今回のプロジェクトのキャップは俺だ。


そのうえ、聞耳だけは異様に優れた美紀が、駆けつけてきた。

「ほらー!、書類箱ひとつ、しっかり持てない」

「そんな歩き方なら車いすだねえ!」

「仕事も休めないねえ!」

この時とばかり、ゴチャゴチャ文句の雨あられである。


「・・・」

文句を返したいけれど、声も痛くて出ない。


美紀はおまけに変なことまで言い始めた。

「今晩から泊りがけで、面倒見ましょうか?」


「え?」


「何しろ、それじゃ食事も着替えも・・・お風呂も無理」



「え・・・」


「大事なプロジェクトですよねーーーー」

「私、押しかけ女房大好き!」


「・・・この痛い時に・・・大きなお世話だ」

聞耳が優れた美紀に、何故かこの小声の反発は、届かなかった。


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