第70話港町の少年奴隷④(完)

婚約相手が海難事故で命を落した後も、ヘレンのアドニスへの態度は変わらなかった。

しかし、ヘレンの表情は暗いままである。


そんなヘレンを心配してか、他の理由からなのか、来客が増えた。


「次の相手を紹介する」

「我が息子はどうだ、悪い話ではないぞ」

「世継ぎは必ず作らねばならない」

来客の言葉は、誰でも同じようなものが多い。


ただ、アドニスにとって、一番困ったのは、来客のアドニスを見る目が「異常」を帯びているのである。

それは、男でも女でも同じである。

アドニスの顔から全身をくまなく、なめるように見る。

中には、偶然を装うのか、アドニスに倒れかかって来る場合もある。

それも、すべてヘレンの機転により、「実害」は、発生しないのであるが・・・



そんな生活が数か月続いた後、とうとうヘレンからアドニスに「夜のベッド」の言葉がかかった。

アドニスは、奴隷であり、その指示を拒むことはできない。

その身体を、ぶるぶると震わせながら、ヘレンのベッドに入った。



「・・・全て・・・言う通りに」

アドニスは、懸命にヘレンの要求に全て応えた。

「上手くできなかったら・・・」

そんなことを心配する余裕もなかった。

「必死の行為」は、やがて甘美なものに変わった。

ヘレンも何度も涙を流して、アドニスを求めた。



「全ての行為」が終わり、ヘレンはアドニスの耳元でささやいた。

ヘレンの腕と脚はアドニスに巻き付いている。


「彼の子供のころに、よく似ているの」

「だから、アドニスを買った」

「アドニスは私が満足するまで、私を喜ばせなさい」

「それがアドニスの仕事」



アドニスは買主ヘレンの指示通り、ヘレンが35歳の若さで命を落すまで、ヘレンの要求に応えた。

ヘレンの残した遺品を整理する中、一通の手紙を発見した。


「アドニスへ」

アドニス宛ての書状である。

「婚約相手には似ていないよ」

「アドニスを一目みて気に入ったから、買ったの」

「身体の成長が待ち遠しかった」

「いつも、夜は至福でした」


手紙の最後に驚くことが書いてあった。

「アドニスの奴隷の身分は、もうありません」

「市民権を買ってあります」


アドニスは天を仰いだ。

「いったい、自分の人生は・・・何だ・・・」

「これから・・・いったい・・・」


アドニスは、結局生涯結婚することはなかった。

女と浮名を流すこともなかった。

アドニスにとって、ヘレン以外の女は考えられなくなっていたのである。

ヘレンの残した商売を引き継ぎ無難にこなしながら、生活を送った。


ヘレンの死後、ほぼ二年、アドニスは死んだ。


死因は、アドニスの関心を得られない女奴隷による毒殺である。

自分のものではない奴隷の人生と死。

彼にとって唯一幸福な時間は、ヘレンとのベッドの時間だけだった。



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