第65話VS陸上部顧問

史は高校一年生。

部活は、音楽部に属し、楽器は、ヴァイオリン。

入部時からその技術を評価され、部員の推薦でコンサートマスターになった。


しかし、意外なことに、メチャクチャに遠距離走が速かった。

全校マラソン大会で、陸上部エースに次ぎ、2秒差で2位となってしまったのである。

しかし、そのマラソン大会は史にとって、結果的には本当に面倒なことを巻き込むことになった。

強引かつゴーマン、体育系至上主義を持ってなる陸上部顧問が、マラソン大会終了時から、史に陸上部入部を、ほぼ強要というか恐喝気味に、迫ったのである。


「おい!陸上部に入らないなんて、言わないだろうな!」

「まさか、そのまま音楽部?ふざけんじゃねえぞ!お前、男だろう!」

「もうすぐ県選抜の駅伝がある、お前もな、愛校精神があるなら出るのが当たり前だ!」

陸上部顧問は、愛校精神まで持ち出して、史を連日、勧誘というよりは責めた。

時々は史の胸ぐらをつかんだりして、責め立てる。

次第に陸上部顧問に加え、陸上部の長距離エースや駅伝メンバーまで加わり、史の教室に毎日入り、熱心な勧誘をかけてくるようになった。


「ねえ、やろうよ、君なら絶対成長するし」

「優勝だって間違いないさ」

「入ってくれるよね!」


しかし、史は絶対に首を縦に振らない。


見かねた担任が音楽部顧問と相談した。


音楽部顧問は

「史君は、陸上部には入らないと思います」

「もともと、授業中の話でしょ?」

「それに、史君はその駅伝の日とやらに、予定があります」

「本人の口からは言わないでしょうけれど」

「最近、史君もウンザリしているようです、私からも陸上部顧問に話します」

と言ったので、担任は陸上部顧問を呼んだ。


音楽部顧問を前にしても、陸上部顧問の強引かつゴーマンな態度は変わらない。

「音楽部顧問先生!あなた何を考えているんですか!学校の名誉がかかっているんですよ!」

「史を軟弱な音楽部なんて駄目ですよ!鍛えて鍛え上げて、バリバリの選手にしないといけない!」


音楽部顧問の顔が変わった。

「そもそも、陸上が好きで入った生徒を、指導して良い成績を収めるのが筋ではないですか!」

「史君には史君の自由も事情もあるんです!」

「それを全く無視して、どうして強要、恐喝まがいのことを繰り返すんですか!」

「それでも、教育者ですか!」


そのバトルを聞きつけたらしい、学園長が入って来た。


「あのね、陸上部顧問」

「その駅伝の日は、史君のお母さんの命日でね」

「その日に全国学生音楽コンクールに出場するのですよ」

「本当に、ヴァイオリンを教えてくれたお母さんに報いようと、すごい練習をしていますよ」

「かなり優秀な奏者だから、三位以内はほぼ確定」

「それだって、学園の名誉ですよ」


「史君が言うのにはね、お母さんの命日とか、音楽コンクールとか言っても、陸上部顧問の先生は、絶対に理解しない、また罵倒されるだけって、本当に悩んでいますよ」

「そうやって、あなたは、他人の心を傷つけているんですよ!」

「狭量な、体育会至上主義のために!」


陸上部顧問は、うなだれてしまった。

そしてしばらく立ち上がることもできなかった。

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