第64話修行僧と少女の恋の話

修行僧は、在家の信者の家の小屋を借り、毎日熱心に読経と座禅に励んでいた。

その修行僧を見初めて、その家の、一人の少女が身の回りの世話を願いでた。

修行僧は、本当にためらった。


自らの修行であり、他人に任せては意味がない。

それに、自分は万巻の経典を読み、座禅に励み、衆生を救わねばならないと、固く決意していたのである。


しかし、修行僧が見る限り、毎日お世話を願い出て通ってくる少女は、この上なく愛らしい。

修行僧でなければ、妻として娶りたいとまで思う。


修行僧と、修行僧に受け入れてもらえない少女の悩みは一年も続いた。

その悩みゆえ、修行僧も少女も、体調を崩してしまった。


そんな折、山から、噂を聞きつけたのか、修行僧の師匠が訪ねてきた。

既に寝込んでいる修行僧に師匠が質問をした。

本当に厳しい声である。


「お前は、あの娘の心を何と心得る」


「はい、気持ちはわかります、私も愛おしく思います」

「しかし、修行が」

修行僧としても、必死に答えた。

しかし、修行僧の言葉はそこまでだった。


「喝!」

師匠の大喝があった。


そして

「お前は、もう私の弟子ではない」

そこまで言って、師匠は、修行僧を破門してしまった。


破門宣告の後、師匠は修行僧に優しく声をかけた。


「愛おしい女子の想いに応えるのも、御仏の御心だ」

「御仏の御心に沿って、お互い、幸せに暮らせ」


その後、修行僧は還俗、少女と所帯を持ち、懸命に世俗の仕事に励んだ。

たくさんの子供にも恵まれ、幸せな生涯を送った。


師匠も二人の家を訪ねることを喜んだ。

二人の子供を何度も抱き上げ、「これも仏恩、仏恩」と喜んだ。


仏法のために、人の世があるのではない。

人の幸せのために、仏法はある。


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