第54話恋多き女

明美は、どんな男に声をかけられても、精一杯の愛想で尽くす。

誘われたら、決して断らない。

顔やスタイルは、「自ら認める万人並」ながら、愛想やら付き合いの良さから交友関係も尽きることはない。

ただ、ひとつ問題がある。

「誘われれば必ず相手をする」が、それが多すぎて「自分から誘う時間」が無いのである。

誘って来た男たちに、特別に愛情を感じているわけではない。

ただ、誘われればお金ももらえるし、服やら靴やら、宝石やら・・・食費も浮く。

いつの間にか「恋多き女」とまで噂され、特に会社の同僚女子からは、完全無視状態を続けられている。


明美自身に「この人は」と思う相手も、なかなかいない。

誘って来た男たちには、多すぎて何も感じないから「論外」になるし、誘ってこない男なんかに、モテモテの自分が声をかけるのは「プライド」が許さないし、万が一、誘って来る男たちとのトラブルは避けたい。


そんな状態で、就職後、8年も過ぎ、誘われる機会もかなり減った。

誘って来た同年輩の男たちは、ほとんど結婚し、自由になる金はない。

年輩で金をしこたま持っていた男たちは、退職するか、女への関心自体が明美より若い娘に移ってしまっている。


「誘ってみようかな、もう、トラブルもないだろうし、私も暇だから」

明美は、思い切って、同期入社の史に、コンサートのチケットをチラつかせてみた。

史はまだ独身、史からは、今まで一度も声をかけられたことはない。

史自身が大人しいタイプで、女性関係も全く聞いたことはない。

どうせ、女に声をかける度胸なんか無いと思っていた。


人気抜群の意識とプライドだけは残っている明美としては、断られるハズがない、お誘いである。

上から目線、強気で言ってしまった。

「どうせ、暇なんでしょ」

「私もちょっと暇だから、付き合ってあげる」


ところが、史の対応は極めてクール、素っ気ないものだった。

「予定がありますので、ご一緒できません」

「他の男の人を誘ってください」


呆気にとられる明美。

結局、コンサートのチケットは無駄になった。


数日後、会社の朝礼で、史の婚約が発表となった。

同じ会社の総務課所属、役員の娘だった。


拍手に包まれる社内、明美は次の「獲物」を探していた。

「今回のことはタマタマ偶然、すぐに獲物は見つかるさ」


しかし、一年経っても二年経っても、状況は変わらなかった。

同僚女子の陰口も、はっきりと聞こえるようになった。


「結局明美さんって、金とか物目あてで」

「笑っていればチヤホヤされるって思い込んでいる」

「誘うにしても、相手のことを全く考えない、ゴーマンすぎ」


結局「恋多き女明美」は、社内に残ることはできなかった。

同僚女子たちが、会社の上司に「一緒に仕事をしたくない」と、集団で文句を言ったのである。

会社の上司に言われる前に、それは明美自身も感じていた。

抵抗する気力もなかった。


「でも、私が何をしたっていうの?」

「誘ってくれたから、一生懸命お相手しただけなのに」

「いろいろもらって・・・いろいろ奉仕したけど」

「私って何なの?」

ロッカーから持ち出した私物は、宅配便で故郷に送った。

会社の玄関を出て、最後にそのビルを見上げた。


「・・・故郷で、次の獲物見つけないと・・・」

乗り込んだ新幹線で、アイマスクをかけた。

そのマスクが、湿ってしまうのに、少しの時間もかからなかった。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る