第49話お茶の一服

涼子は部屋に入るなり、頭を抱えている。


「ねえ!これはいったい!」

「ひどいなんてもんじゃない!」


確かに部屋の中は乱雑の極み

タンスの引き出しから、食器棚の中まで、メチャクチャに荒らされ放題。

部屋中に衣類やら食器が放り投げられている。


「それに、この通帳・・・ここに印鑑が転がっているけど」

「今日の日付で、全額!」

「通帳まで放り投げて・・・」

涼子の顔に怒りが浮かんだ。


「そいう言えば茜のやつ、急に大きなバッグ抱えて駅に行ったって聞いたよ!」

「しかも、タップリ厚化粧でご機嫌で」

「もしやって思って来てみれば・・・」

「こういう事なんだ・・・」

「引っ掻き回して通帳と印鑑探して」

涼子は事情を察したらしい。

本当に怒った顔で目の前に座った。


「どうして一緒に住んだのよ!」

「あれほど茜はダメっていったじゃない!」


「いや、帰る家もなく、金もないっていうからさ」


「どうせ、炊事も洗濯も掃除も、全てマスターなんでしょ?」


「ああ、茜は身体の調子が悪いっていうからさ、やらせられなかった」


「そうだよね、この服のたたみ方、掃除の仕方、冷蔵庫の中もマスター独特だったから、ずっと前に店を手伝った時に、ほんと、感心した几帳面すぎるやり方で・・・」


「ああ、それは、子供のころのしつけだ、身につけられただけだ」

「中途半端な家事ならやらせないほうがいい、二度手間だ」

「そもそも、あいつに、そんなこと任せられない、身体の調子が悪いのに」

そこまで言ったら涼子がまた怒った。


「そんなことあるわけないでしょ!茜はマスターが仕事している最中、ずっとあの組の若衆と連れ込み旅館さ、毎日さ、支払いだっていつも茜さ!」

「寝たきりの女に、そんな金があるわけないでしょう!」

「いったい、どこまでお人よしなんだい!」

涼子は、少しずつ目の前に寄って来る。



何も言えなかった。

「もう・・・しょうがねえだろう・・・」

「俺もいろいろ疲れた」

「一服させてくれねえか・・・」

茜がいなくなったショックの上に、涼子の文句の疲れが加わった。

そもそも涼子に、何故ここまで怒られるのか、自分でもわからない。

確かに、戯れに「所帯を持つか」までは言ったことはある。

それだって、バーのマスターが、亭主に先立たれて、数年来誰とも結ばれない涼子への「軽い言葉の戯れ」に過ぎない。


「ああ、わかった、お茶は飲んであげる、でも、条件がある」


「何だい、条件って」

「お茶飲むぐらいで条件があるのかい?」


「ある!マスターと酒じゃなくて、お茶を飲むの・・・」

「だから・・・マスターの女は、この涼子」

「嫌って言ったら、お茶飲んであげない」


「おいおい・・・お茶の一服ぐらいで・・・」

マスターの言葉はそこまでだった。

涼子はマスターにむしゃぶりついて、泣き出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る