第50話史のコロンビア

神田駿河台の坂にある二階の喫茶店。

しっかり、丁寧に淹れたコロンビアはなかなか美味しい。

まさに至福の時間である。


しかし、その時間は突然、破られた。


「ほら!またここにいる!コンマス探してましたよ!」

圭子が飛び込んできた。

少し怒っているし、焦っている。

呼んでこいとでも、言われたのだろうか。


「そんなこと言っても、練習も終わっているし、どこにいようとさ」

史は、ソッポを向いた。


「そんなこと言って、困らせないでください」

「要件は伝えてあるって言っていましたよ?」

「忘れたんですか?」

圭子の目と言葉がキツイ。


「ああ、あの要件なら断ったし、あまりシツコイから無視したんだ」

「あいつ、まだ、そんなこと言っている?」

「執念深いやつだなあ、だから嫌われるんだ」

史は全く席を立とうとしない。


「ほらー・・・私の立場をわかってよ!」

「また怒られちゃうでしょ?」

圭子は、半べそになった。


「でさ、ところで、圭子、お前、その要件って知ってる?」

圭子が半べそになったら仕方がない。

何しろ、圭子は泣き虫だし。


「そんなの、怖くて聞けないって、あの超陰険コンマスに!」

圭子は、その口を「への字」にしている。


「なら、しょうがないなあ」

「新宿の女子医科大学のコンサートの、エキストラだよ」

「この寒いのに夜の練習は、面倒だって断った」

「他にも理由があるけど、あいつには言わないけどな」

ようやく、史は、少しばかり理由を話した。


「そんなね、寒いからって、どうして断るの?」

「コンマスだって、女子医科大から、史さんのことを頼まれているんでしょ?」

「だから声をかけたんだから、ちょっとはコンマスの面子を考えてあげてよ!」

圭子は、涙顔から怒り顔に変わった。


「圭子・・・お前って、どうして、ちゃんと確認って出来ない?」

史は怒り顔の圭子に、呆れ顔で対処する。


「・・・何さ、確認って・・・」

圭子は、ちょっとうろたえた。

こういう場合は、たいてい圭子が負ける。


「コンサートの日付を聞いたのかってこと」


「え?見てない」


「お前の生年月日は?」


「え?・・・えーっと・・・え?・・・マジ?」

「本当にお祝いしてくれるの?」

「わーーー!史さん、だから好き!」

結局、圭子は史の前の席に座ってしまった。



「全く鈍感なヤツだなあ・・・」

「女子医科大のオケって、美人も美少女も多いしなあ」

「その上、打ち上げの後のお誘いも凄いぞ、2次会、3次会って大宴会だしなあ・・・終電も無くなるし、新宿はホテルも多いしなあ・・・」

「・・・やっぱり出るかなあ」



「うるさい!」

「このたわけもの!」

圭子はテーブルの下で、史の脚めがけて、思いっきり蹴飛ばそうとする。


「ふん!お見通し」

史もさるもの、さっと蹴りをかわす。


「でも、史さんの負けです」

圭子は、フフンと笑った。

既に「史のコロンビア」を飲み始めている。





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