第36話身分違い

マスターは呆れている。

「そんなに身分違いを気にするんでしたら、そもそも相手にしなければ・・・と思いますがねえ・・・」

マスターは香織の前に、カカオのカクテルを置いた。

「マスターが気にすることじゃないでしょ?」

「マスターは私が望んだ酒だけ、作ればいい」

「余計なことを言わないで!」

香織は「ピシャリ」言い放つ。

香織の言葉は止まらない。


「だいたいね、私の実家、わかっているでしょ?」

「昔っから、八百年続く茶道の家元、全国にお弟子さんが数万、いやもっとかなあ」

「その私が、ありがたくも声をかけて、デートに誘ってやっても、来やしない」

「それは、私の家柄とか身分に対して、腰が引けているの」

「それはね、確かにあいつの家柄はよく知らないけどさ」

「でも、歴史から考えれば、そうそう滅多に、私の家柄を超える家って、そんなにないからね、きっと、そうだよ、身分違いに対して腰抜け、あいつは腰抜け男だ!」

香織は、カカオのカクテルを一気飲みする。


「じゃあ、香織さん、どうして、そんな男を誘ったんですか?」

「そもそも、それがわからない」

マスターは再び首をかしげた。


「うるさいなあ・・・気安く、香織さんなんて言わないでよ!」

「ほんと、失礼だなあ」

「でも、いいわ、教えてあげる」

「本当は別の人に誘われていたの」

「うん、すっごく家柄も高い、私の家と匹敵するぐらい、源氏物語研究の家で宮中とも深いお関係、その人が急に宮内庁に呼び出されて」

「だから、暇つぶしに、あの身分違いの男を誘ってあげたの」

「まあ、物腰柔らかいし、身分はともかく、顔とか雰囲気は可愛いから」

「マスターと同じ苗字がちょっと気に入らないけど」

「ちょこっと、つまみ食いするには、美味しいかなとね」

「うん、本気じゃないさ、あくまでもお菓子、主食じゃない」

香織は、口を尖らせた。


「もしかして、その身分違いとかの人は、香織さんの職場か何かのお知り合いで?」

マスターは、慎重である。

どうやら、その「身分違いの男」の検討がついたらしい。


「ああ、四つ下の新入社員」

「だから、身分違いも甚だしい、格下も格下」

「私の会社だって、超名門の貿易会社なのに」

「何で、あんなの入れたのかなあ」

「可愛いけれど、大人しいし、上司とか役員の受けがメチャ高い」

「私のミスを黙ってカバーするし、そのご褒美として誘ってやったの」

「だけど、来やしない」

香織は、カカオカクテルをもう一杯注文した。


「ああ・・・わかりました」

「そのお方なら、創業者一族の直系のご子孫ですね」

「摂関家ですね、ご先祖は、今でも京都にお家があるのかなあ」

「まあ、私は流れの流れですが、ご厚情でお付き合いさせてもらっています」

「ここのバーも、持ち主は・・・まあ・・・いいか・・・」

マスターはアルコールを強めにカカオカクテルを作った。


「え・・・」

香織は、カカオカクテルを口につけられない。


「あのお方も、今日は宮内庁に呼ばれたって言っていました」

「歌会始がなんとかってね」

「すごく上品で可愛らしいお嬢さんを連れていましたね」

「手も握りあっていましたし・・・」

「あのお嬢さんも、華族系とお聞きしました」


香織は真っ青・・・テーブルに突っ伏した。


マスターは、ニヤリ・・・

やっと溜飲が・・・である。

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