第37話格闘お姉さん

「美佳先輩!お客様です!」

背中越しに里奈が声をかけてきた。

「え?何?誰?」

美佳はちょと不機嫌。

これから柔軟体操、それからウォーミングアップ、新しい技の練習をしなければならない。

何しろ、柔道都大会も近い。

将来有望な美佳としても、余計なお客で時間を取られたくない。


「はい、新聞部の取材だそうです」

「一年生の史君です、私と同じクラスです」

「校内新聞に都大会にかける意欲をのせたいって」

里奈の言葉で振り向くと、どうやら新聞部らしい。

まだ一年生の男の子が立っている。


美佳が見る限り、

「まだまだウブ」「肌も生白い」「筋肉サラサラなし」

「カツラかぶせたら女の子より可愛い顔だ」

「里奈より可愛いなあ」

「弟キャラと言うより、この顔だと妹キャラだ」

「新聞部に入るなんて、よほど運動嫌いかなあ」

いろいろ感じるものがある。


「しょうがないなあ・・・そういうことなら」

美佳は、「ほぼ少年の新聞部員」を手招きする。

受ける立場は、割とドキドキする。


おずおずと新聞部員が美佳の所に歩いてくる。

畳の手前で、裸足になる。

靴も靴下も、ちゃんと揃える。


「う・・・まどろっこしい」

「でも、投げ飛ばしたら壊れちゃう」

美佳は、変なことまで考えている。


キチンと正座されて、キチンと意気込みを聞かれるのも、まどろっこしかった。

「得意技、これから覚えたい技、練習の苦労、都大会での目標」

メモの字も、ペン習字の教科書みたいに、きれいな字で書いていく。


「他の部活にも、聞くの?」

聞いてみた。


「はい、体操部さんとか」

「バレー部さんとか」

「合唱部さんとか」


史は、おっとり、はんなり、顔を赤らめて答えてくる。


「・・・可愛くてアヤシイ女が多い」

「こんなウブな子が取材するとエジキになる」

「どうして私だけが、ゴッツイ柔道着?」

美佳は、自分でもよくわからないけれど焦った。


「それでは、取材協力ありがとうございます」

史は、立ち上がった。

美佳は、ますます焦る。


こんな可愛い男の子とお話するなんて、格闘女子はほとんどない。

男がいても、汗臭いし、女の子だって、筋肉モリモリ女。

その筋肉モリモリ女だって、顔のワリに案外「男」がいたりする。

でもまあ、いても汗臭いアバタ面の格闘お兄さんばかり。

美佳は、そんな男など全く興味がない。

でも、この少年は、メッチャ可愛い。

見ているだけで、胸がドキドキしてきてしまった。

そうなると、何か、自分をアピールしたくなってきた。

「アッサリサヨナラ」は許しがたくなってきた。

なにより、そんなこと、「もったいない、もうちょっと愛でさせて」になった。


まだ準備体操の段階で、汗をかいていないことも、美佳の後押しをした。


「ちょっといいかな」

結局、メチャクチャ、ほぼ衝動で、史を投げたくなった。

何の抵抗もない。

史は「まるでお人形」のように投げられ、そのまま「けさがため」


「史君、これが柔道」

「これが私」

出来るだけニッコリ笑った。

雅は腰を痛め、身体を押し付けられ、苦しそうな顔。


「じゃあね、またね史君!」

美佳は、ここでも思いっきりニッコリ。


史は少しだけ頭を下げ、腰を抑えて柔道場を出て行った。


数日後、丁寧できれいな文字と同様、上手な文面の取材記事が校内新聞に発表された。


ニンマリと笑う美佳のところに、里奈がやってきた。

ちょっと含みがあるような顔。


「あ、何?」

美佳は里奈の心が読めない。


「あのね、美佳先輩・・・史君ね、昨日ね、街で見かけたんだけど」

「合唱部の超可愛い2年生の由紀さんと喫茶店で楽しそうでした」里奈


美佳のニンマリ顔が、みるみる変わる。


「うーーーー・・・」美佳は顔を上に上げられない。


「ほら、投げ飛ばしたりするからです、あきらめてください」里奈


「うー・・・」美佳は畳にへたり込んだ。


「あはは、由紀さんって超可愛い子は、史君の実のお姉さんでーす!」

「柔道ばかりやっていて、世間を知らないんだから」

「今度は、ミニでもはいて、誘惑するかなあ」

里奈は、やっと柔道以外で美佳から一本を取った。



ただ、一本は、その時限りであった。

美佳も里奈も、都大会後も、クリスマス後も、「史ゲット」は、全く進んでいない。












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