第23話k331の思い出

大学1年生の秋。

既に夕暮れだった。

少し大きめのトートバッグを持って、銀座の楽器店へ。

楽譜を入れるには、大き目のトートバッグが便利なので。


聞いてきた割には、弾いたことのなかったk331

楽譜を買った後、馴染みの店員にそっと頼む。


「あの・・・あのピアノで弾いたみたいのですが・・」

時々、楽譜を買うたびに少しだけ弾かせてもらっている。

少し憧れている店員である。

美人で清楚な感じだけれど、優しい雰囲気がある。

でも、心はドキドキするし、赤面してしまう。


「クスッ」

ウィンクをしてくれた。

隣の店員に目配せをして、彼女自身がピアノまで先導してくれる。


弾き始めた時は、他に客もいなかったので、彼女はピアノの横で聞いている。

目に見えるのは、楽譜と自分を見つめる彼女の顔だけである。


「わっ 幸せ」

そんなことを思い弾き続ける。

彼女が、時々、頷くのでうれしくなって、ついつい全曲弾いてしまった。


「ごめんなさい。少しではなくなってしまいました。」

頭を下げる。


「そんなことないよ、ほら」

彼女は、にっこり笑う。


気配に気が付いて、後ろを見ると、12,3人が聞いていた。

拍手までもらってしまった。


もう、恥ずかしいのなんの。

その後、彼女と雑談をした。


店を出ようとすると、

「少し待っててね」

「一緒に帰ろう」

彼女と電車の駅が一つ違いであることは、その日の帰りにわかった。

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