第5話 魔王は仕事人

 異世界のトイレから――

 今日は、おしっこ後の魔王に話をうかがいます。



 ♪チャラッチャッチャッチャチャーララー



  ――――――――――――――――


      提     供


     カ  ク  ヨ  ム


  ――――――――――――――――



    ♪チャーラー ラー







「さあ、冒険者よ。他には何が聞きたい?」


 おしっこが終わった魔王さんは、きちんと手を洗ったあとに、改めてインタビューを受けてくれるようです。アポもないのに、なぜここまで取材に協力的になってくれるのでしょうか。魔王さんにも事情がありました。


「貴様が魔王城のトイレを多くの人間どもに広めてくれれば、粗相をする輩も減ることだろう。マナーを守って楽しい攻略を。これは冒険者の基本だからな」


 なんと、魔王さんに冒険者の何たるかを説かれてしまいました。冒険者のみなさん、ちゃんと聞きましたか? 耳が痛くありませんか?



  BGM ♪♪説法は蜜の味



 ――ところで魔王さん。この金属製の便器、とても綺麗ですね。


「ああ、それはな――オリハルコン製なのだ」


 ――オリハルコン? あの伝説の武器に使われる?


「そうだ。余をはじめ、この城の魔物たちの尿には強い酸が含まれていてな、普通の便器では溶けてしまうのだ。これだけのオリハルコンを探し当てるのは、苦労したのだぞ」


 ――こんなところにも、魔王さんの苦労が出ているのですね。ところでずっと気になっていたのですが、奥の二つはどうして便器がなくなっているのですか?


「――――っ!!」


 魔王さんの顔色が変わりました。

 何かとっておきの秘密があるのでしょうか。

 その答えは、実に衝撃的なものでした。


「……とある冒険者に、盗まれたのだ」


 ――え?


「ある者は便器を盗んだ後、伝説の名工に依頼して剣に作り直してもらい、その剣で余に挑んできた。ある者は伝説の名工が見つからなかったのか、便器そのもので余に殴りかかってきた。いくら伝説の金属で作られているからといって、便器を武器にするとか、余をバカにしてるのか!!」


 ――想像すると、とんでもない絵面ですね。


「せめてそやつらが、このトイレの存在を広めてくれればまだよかったのだが、便器を盗んだ罪悪感があるのか、まったく広まらずに終わった。余はただ、便器を失っただけ。誰だって家の便器がなくなったら困るだろう。冒険者はそんなことすらわからないというのか?」


 ――おっしゃる通りでございます。本当にすみません。


「だからこそ、冒険者ジャーナリストの貴様には期待している。ぜひ魔王城にはトイレがあることを広めてくれ。そしてトイレはあくまで用を足す場所であり、便器は宝物ではないことを知らしめてほしい」


 ――わかりました、ジャーナリストの名にかけて。



 魔王さんが右手を差し出してきます。

 私も手を伸ばし、ガッチリと握手を交わしました。


 よかった。さっきちゃんと手を洗っておいて。



 ――それにしても魔王さん。魔王さんは専用のトイレをお持ちではないのですか?


「ああ、持っているぞ」


 ――ではなぜ、ここでおしっこを?


「それはな、掃除のついでだったからだ」


 ――掃除ですか?


「そう、余はこれからこのトイレの掃除をする。それが余の仕事だからな。その前にちょっと用を足したくなったから、余の部屋に戻るのも面倒だし、こうしてここで済ますことにしたというわけだ」


 ――なるほど。それにしても、魔王の仕事がトイレ掃除とは。


「部下がよい環境で働けるようにするのは、上司の責務だ。それに冒険者が城に来ていないときは、これくらいしかやることがないからな」


 そういえば、先ほど冒険者パーティが魔物に倒されていました。今おとずれていたパーティはあれだけで、倒し終えてしまったから暇になり、魔王さんは魔王の間を出てここに来たということなのでしょう。意外と魔王さんは勤勉なのですね。




「さて、それでは掃除を始めるとするか」




 魔王さんは用具入れからモップと雑巾を取り出すと、三角巾にエプロン、それにゴム手袋とマスクを身につけて、熱心に掃除を始めました。


 これ以上ここにいては、掃除の邪魔になってしまいますね。

 私は魔王さんにお辞儀をすると、トイレを後にします。





 魔王さんの表情は、やりがいにあふれていました。







       異世界のトイレから ―魔王城―  完










 【次回予告】


 次回の「異世界のトイレから」は、魔王城から街へと帰り道にある、魔の森のトイレ事情をご紹介いたします。


 というか、森の中にトイレはあるものなのでしょうか。

 番組スタッフの悪意を感じますが、どうぞご期待ください。

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