第4話




(厳島先生なら、きっといいアドバイスをくれるはず)


 ヨロズ先輩は確信をもって、職員室へと歩を進めた。


 職員室で厳島先生を見つけ、「お話があります」と近くの生徒指導室へと場所を変える。ヨロズ先輩が手短に事情を話すと、厳島先生は頷いた。


「なるほど、遊園地デートですか」

「はい」


 ヨロズ先輩がそう言うと、厳島先生はうんうんと頷いた。その表情は相変わらず恐ろしいが、どことなく厳島先生が喜んでいるようにヨロズ先輩には思えた。


「良かったですね、銀野。バレンタインの時、勇気を出して」

「……あの時は、本当にありがとうございました」


 気恥ずかしさを感じつつヨロズ先輩は一礼して、言葉を続けた。


「それで、厳島先生のご経験などを、教えていただければと思いまして」

「私の、経験、ですか?」

「はい。その、普通にデートをしたいのです。参考までに、どうか」

「普通のデートに、参考が必要なのですか?」

「……えっと」


 真っ当すぎる厳島先生の質問にヨロズ先輩は答えあぐねる。

 そんなヨロズ先輩を知ってか知らずか、厳島先生はゆっくりと続けた。


「ありのまま行けば良いと思いますよ、銀野」

「いえ、その、ありのままだと、私の場合、普通にならないようなので……なんとしてでも普通にしたいのです、厳島先生。お話を聞かせてください」


 ヨロズ先輩の真剣な声と眼差しに、厳島先生は納得したようだった。


「そうですか。では、そうですね……まず、お面をつける事が必要です」

「お面、ですか?」

「ええ、必須です」


 厳島先生は当然のように言った。


 遊園地デートでなぜそんなものが必須なのか、ヨロズ先輩は不可解ではあったが、人生の先輩が経験で学んできた事だ。

 何か理由があるのだろう。


「お面、というと、どのような種類の?」

「何でも構いませんよ、顔が隠れれば。入場ゲートを潜るだけで警備員がすっ飛んできて、そこで押し問答になるものですから、自衛策が必要です」

「……」


 さっそく怪しくなり始めた雲行きに、ヨロズ先輩はどうしようかと迷った。こちらから頼み込んで話をしてもらう手前、もういいですとは言えない。


「園内を歩くのも一苦労です。小さい子に見つかってしまうと泣き叫ばれてしまうので、なるべく広い通りや、人の多い通りは割けるようにして。ところが遊園地というのは小さい子供たちであふれかえっていますからね、ははっ。苦労しました」

「は、はあ……」

「ベンチで休んでいると、どういうわけか警備員がやってきて。心休まる暇がないものですから、相手にずいぶんと迷惑をかけてしまいました」

「そう、です……か」

「そうそう、お化け屋敷は良いですよ、銀野」

「そ、そうなんですか?」

「ええ」


 しみじみと厳島先生は頷き、昔を懐かしむように遠い目をした。


「遊園地でお化け屋敷は外せませんでした。あそこは少々の悲鳴があっても、警備員が駆けつけてきませんからね。遊園地で唯一安心できるスポットでした」

(先生の話は、どこか違う気がする……)


 厳島先生の経験が壮絶すぎて参考にならない。

 しばらく厳島先生の話をうかがい、ヨロズ先輩は生徒指導室を後にした。


 廊下を曲がって中庭へ差し掛かり、ベンチに腰をおろしてヨロズ先輩は指を組む。二月の風で頭を冷やせば、良い心当たりが浮かぶかとヨロズ先輩は思った。


(だれか、いないかしら?)


 ヨロズ先輩は眉に皺を寄せて、うんうんと唸った。


 森田君と家族同然の付き合いをしていて、弟のように良く知っているのは保羽リコだ。だがヨロズ先輩とは仲が良くない上に、手の内を見せれば喜々として妨害してくる。おそらく今回の普通デートでも保羽リコの邪魔は間違いなく入ってくるだろう。


(保羽さんには相談できないし、小林さんも……)


 補佐の香苗なら最適なアドバイスをくれるだろうが、香苗は保羽リコの不利益と見れば協力を拒否してくるはずだ。

 風紀委員会にこちらの動向が筒抜けになる事は避けたい。


 今回は普通デートだ。

 一番よい意見を出してくれそうなのは、ヨロズ先輩が思いつく限り――


(生瀬さん……)


 ヨロズ先輩はそう思いつつも、それだけは出来ないと手をぎゅっと握りしめた。バレンタインの時に生徒会役員室で見た、あの生瀬さんの真剣な目。

 あの、力強い宣戦布告。


 生瀬さんは本気だ。

 そしてヨロズ先輩にとっては、恐ろしい強敵だ。


 森田君の信頼を勝ち得ている人なのだ。優しくて、しなやかで、柔らかく、それでいて強い意志を持っている。

 大切な人のために怒ることができる人だ。

 胸を張って愚かになれる人だ。


 味方であれば頼もしく、敵に回せばこの上なく厄介。


 今回の普通デートも、ヨロズ先輩が森田君にそう申し込むきっかけを与えてくれたのは生瀬さんだ。思い返せば、生瀬さんに背中を押された形なのだ。


(他に、いいアドバイスをしてくれそうな、頼れそうな人というと……)


 ヨロズ先輩がぐむむっと顎に手を当てて考えると、一人の顔が脳裏をよぎった。


 奇人変人揃いの日戸梅高校にあって、かなりマトモな部類に位置する一年生。ヨロズ先輩もその人の、おおよその人となりは知っている。地味系女子から黒ギャルへとイメチェンし、生徒会で会計を務め、そこそこの義侠心があり、割と普通の感性をもっている。


 ヨロズ先輩はぽんっと手を叩き、俯けていた顔を上げた。


「そうだ、松崎さんなら……」


 ヨロズ先輩はそう呟き、スマホを取り出して松崎さんへと連絡した。

 お昼休みはもうすぐ終わってしまう。


 放課後に時間を作ってもらおうとヨロズ先輩は思った。



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