第12話




     10



(今回の設定はすごく知的な役柄だ。バラバラにして食べるというのは、単純に切り刻んで貪る以外にも、素材として調理したりするはず……)


 ならば森田君としても、ヨロズ先輩の為に気を利かせたい。

 雰囲気作りは大切だ。


 携帯コンロを持ち込んで、人型チョコから切り取った破片などを、軽く炙ったりはしてみたい。なにせ今回の森田君の役どころは、猟奇的だが賢い人なのだ。

 食材を料理するのは文明の基本だ。


(知的な人って言うと……副会長とか、香苗さんとか、かな。役作りの参考にするなら。先輩も頭は良いけど、けっこうぶっ飛んでたり、抜けてる所も沢山あるし)


 頭の良さそうな知り合いを片っ端から森田君は思い浮かべた。


(リコ姉ぇは勘は鋭いけど性格が一直線で知的ではないし、山下も勉強はかなり出来るけど思想が常人のそれとは違いすぎるし、孝也さんも頭は間違いなく良いけど性格が壊滅しているし、如奧先輩も頭が良さそうで気品があるけど人間を椅子代わりにして平然と微笑むような人だし……ん? あれ? 知的な印象って、もしかして頭の良さ以上に性格の方が大事なんじゃないか……?)


 大切な事に思い至り、森田君は考えた。

 副会長はぱっと見は融通が利かなそうに見えるが、色々とかばってくれたり、相談に乗ってくれたりする。時には厳しい事も言うが、それも後輩を信じ想ってくれているからだと言うのは、言動の端々から伝わってくる。

 議会での弁舌も滑らかだ。


 香苗は普段こそ覇気のない顔をしているが、要領がとても良く、本気になって顔を引き締めると大変にカッコいい。バレンタインで女生徒から本命チョコを貰って困っているような人で、保羽リコの面倒も良く見てくれている風紀の参謀だ。


(やっぱり、副会長と香苗さんだな、参考にするなら)


 どの人のように賢くなりたいかと自らに問えば、森田君の答えは一つだ。


「あとは……チョコの解体か……」


 料理部はヨロズ先輩にかかりきりだ。これ以上、手をかけさせるのは忍びない。他に料理が得意で、森田君が知っている頼れそうな人と言えば――


(孝也さん……だよなぁ。でも、手ほどきを受けるべきなのだろうか……?)


 森田君は悩んだものの、とりあえず相談してみるかと思い、昼休みに家庭科調理室へと向かった。料理部の面々はおらず、生瀬孝也と、もう一人の姿があった。


「どうどうセンパイ!?」


 森田君は慌てて駆け寄った。

 風紀委員会ナンバー3、正々導道センパイが地面にひっくり返っていたのだ。調理台には二つの皿が置いてある。うち一つは食べかけだ。


「導道センパイ、大丈夫ですか!?」


 導道センパイの傍らで膝をつき、森田君は介抱した。


「……うっ、むっ。も、森田君か……だいじょうぶだ、心配はいらない」


 導道センパイはそう言ったが、顔色は悪い。

 いつもは鋭い眼光をした二年生で、ぴんと伸びた姿勢が美しく、剣道部のエースとしての貫禄を持っているが、今の導道センパイは弱々しかった。


 森田君には負い目があった。

 以前、ヨロズ先輩を学校の屋上から突き飛ばそうとした時の事だ。風紀の一隊を壊滅させるため生瀬孝也に依頼して、料理部の食事会を地獄絵図へと森田君は変えたのだ。


 導道センパイはその時、被害に巻き込まれた。

 あとで謝罪に訪れた時、料理部の人達は「まぁ、私たちはいつもの事だから」と気軽に許してくれたが、導道センパイや風紀委員たちには「森田君、君はすごいな。リコ委員長が弟のように可愛がるだけの事はある」と何故か褒められた。


 そしてさらに何故か、今こうして導道センパイは生瀬孝也の餌食になっている。


「孝也さん、これは一体? どうして導道センパイを?」

「彼がぜひ食べたい、というものだから。腕によりをかけてみたんだよ」


 目の前で自分の料理を食べた人間がひっくり返っているというのに、生瀬孝也の口調は平然としていた。相変わらず問題のある人格に問題はないらしい。


「森田君も、ほら、どうぞ」


 生瀬孝也は微笑み、二つある皿のもう一つを差し出して来る。

 ブッシュ・ド・ノエルらしい。見た目は抜群に美味しそうだ。粉砂糖の掛かった丸太ケーキは、綺麗に切り分けられ、チョコソースとチョコ細工で彩られていた。お店のショーケースに並んでいても違和感はない。


 だからこそ、恐ろしい。

 森田君は何度も生瀬孝也の毒牙にかかっている。こういう一見マトモそうな見た目の時ほど、えげつないモノが仕込まれているのだ。


「おや? お腹が一杯かな? なら、こっちも導道くんに食べてもら――」

「食べます!」


 森田君は即答した。導道センパイにトドメが刺されてしまう事態だけは避けたい、と恐る恐る一口頬張り、森田君はかっと目を見開いた。


「っ!? こ、これはっ……た、孝也さんの料理が、普通に美味しい……?」

「そっちに虫は入って居ないからね」

「……え?」

「心を入れ替えたんだよ」

「はい?」


 生瀬孝也のまさかの発言に、森田君は目を瞬かせた。

 どんなに心を入れ替えようが魂が真っ黒なら、意味はない。


 本体部分に重大な欠陥がある空気清浄機のフィルターをいくら変えても、空気は清浄にならない。そもそも入れ替えるだけの心があったのかと森田君は思ったが、生瀬孝也は清々しい顔をしている。妹の生瀬さんと同じく柔和な顔立ちをしているが、中身は純粋な悪魔だ。


 目的のために手段を選ばず、手段と目的を同一化させ、昆虫食研究の為ならどんな鬼畜の所業でも平然と行い、一点の曇りもない眼で正当化する人間なのだ。


「ココロ、ヲ、イレカエタ、んですか……孝也さん?」

「少し前、我が妹の純真な姿勢に触れ、感化されてしまったんだ。自らの所業を悔い改め、昆虫食を望む人と、望まぬ人を分けて扱おうとね」

「は、はぁ」


 嵐の前の静けさを感じとり、森田君は空返事しかできない。

 生瀬孝也の生み出して来た犠牲者の数々を間近で見てきた上に、その犠牲者の一人でもあり、なおかつ一度は共犯者にすらなった森田君だ。


「こうして息の良いモルモッ――導道くんという協力者も得られた事だし。僕もここらへんで、紳士的な落ち着きと言うものを身につけようかと思ってね」

(今、モルモットって言ったよね、この人……)


 あまりに不憫に思えて、森田君は導道センパイの肩を叩いた。


「導道センパイ、孝也さんに騙されていませんか?」

「これは私が望んだことだ、森田君」

「ほんとに、大丈夫ですか?」

「ははっ、なんのこれしき……風紀委員として常に自らを厳しく叩き上げなければ、この学校の公序良俗は守れない。君の強さの秘訣が、生瀬孝也のこの料理をくぐり抜けたその先にある以上、私も自らを鍛え上げるには同じ修練が必要なんだっ」


 導道センパイはやつれている。しかし瞳を燃やして言い切った。

 導道先輩の覚悟は固いらしい。副会長から柔軟さを抜き取って、真面目さに馬鹿をつけ足せば、導道センパイになるんじゃないかと森田君はふと思った。


「ところで、森田君はどうしてここに? 料理部なら銀野会長と図書室で勉強してるはずだから、彼女たちに用があるなら――」

「いえ、実は、孝也さん。手伝って欲しい事があるんです」

「僕に? そうかい。……だが、すまないね」

「ほかに用事が?」

「ああ。実は、近頃は忙しくて。先約があるんだ」

「そう、ですか……では、しかたありませんね」


 残念だったようなホッとしたような気持ちで、森田君は家庭科室を後にした。

 さてどうするかと森田君は悩んだ。


(チョコの像の解体なんて、誰にレクチャーを受ければ……)


 理科室で人体模型を観察し、図書館で図鑑を調べ、人間の身体構造は肋骨一本に至るまで森田君の頭の中に入っている。生物部の部員から「人間の身体は豚の肉に近いらしいよ」と聞いていたので、自宅で骨付き肉を何度か捌いても居た。


 しかし、材質が違う。

 設定では人肉だが、本番はチョコレートなのだ。


「色んな工具を使い慣れていて、色んな材質のものを、切ったり貼ったり塗ったりするのが得意な人っていうと……そう、そうだ――」


 森田君には、一人だけ思い当たる節があった。


 DIY部。

 あのテンションについて行けるだろうか、この前はほどほどにやり過ごせたが今回は大丈夫なのだろうか。

 と不安になりつつ、放課後、森田君はほったて小屋の戸を叩いた。


「どぅーいっと、ゆあせるふ……いらっしゃい……森田君……」

「は、はい。……ご無沙汰してます、部長」


 会釈しつつも、森田君は入る部室を間違えたのかと思った。

 部室名を見るも、間違いない。

 DIY部だ。そもそも、隣接する部など無い。なにせ非合法の部活であり、この小屋自体、校舎裏に勝手に建てたものなのだ。


(……どうしたんだろう、部長。とてつもなくテンション低いぞ……)


 顔をややうつむかせ、部長の肩は力ない。暗く沈んでいた。いつもなら無駄に元気がよく、対面した瞬間に変人オーラで目が眩むというのに。

 部室に招き入れる部長の身振りは、一般人と大差ない。


「大丈夫、ですか? 元気、ないみたいですけど」

「いや、ははっ……」

「お話、うかがいますよ」


 そう言って森田君が腰かけると、しばし沈黙が場を満たした。かつて山下にそうしてもらったように、森田君が返答を気長に待っていると、部長は顔を上げた。


「実はある人から、プレゼント用の箱を作ってくれと、頼まれているんだ」

「……それが何か、問題なんですか?」

「ああ」

「箱作りは、専門外なんですか?」

「いや。自作できるものなら、なんでも挑戦する。料理だろうと、箱だろうと。私がDIYしないとしたら、そういったジャンルに垣根を作ることだけさ」

「は、はあ。では、何が問題なんです?」

「うん……」


 部長は押し黙った。

 己が哲学の相克に、頭を悩ませているらしい。


「考えてみてくれ、森田君。私が作ったら、それはDIYではない。その本人が作って初めて、DIYだ。だろう? 私が作ると、業者に金を払うのと同じだ」

「ですね……そう言われると、そうかもしれません」

「ああ」

「製法を教える、とかじゃ、ダメなんですか?」

「私に作ってほしい、と。それも、大口の注文でね。たっての願いらしくて。色々と、世話になった人で。協力したいんだが……私は、どうすればいいのか」


 部長さんは頭を抱えていた。

 DIY部の流儀として、譲れないものが部長の中で喧嘩しているらしい。


「けれど、箱だけ大量に作って欲しい、なんて変な注文ですね」

「ああ」

「どなたからの注文なんですか?」

「ボランティア部の部長さんだよ」

「ボランティア部から?」


 まともな部活名を聞くのは、久しぶりだと森田君は思った。

 変な名前の部活とばかり近頃は関わり合いになって来ていたせいで、ボランティア部という名前を聞くだけで清涼感を感じる。


「部長さん、ボランティア部の依頼なら、DIYの精神とは相反しないのでは?」

「……というと?」

「自分で出来る事は自分でやろう、というのが、DIYなわけですよね?」

「ああ、そうだよ」

「大口の注文といっても、ボランティア部の依頼ということは、たぶん頂けるのは材料費くらいで、報酬は発生しませんよね?」

「うん」

「報酬が発生しないのなら、それは業者にお金を払うのとは違うと思うんです。部長さんが一時的にボランティア部として活動する、と言う事に等しくありませんか?」

「そう言われると、そうだ」

「家族や知り合いのために日曜大工に精を出すのは、立派なDIYですよね?」

「もちろん」

「だったら、今回の箱作りも、立派なDIYなのでは?」

「…………」

「……部長さん?」

「……どぅ……ふ……」

「?」

「ドゥぅううううっ・イット・ユアセルフ!! そうかっ、そうだな! その通りだ、森田君!! 人のために自分に出来る事をするのも、立派なDIYだ! ありがとうっ! こんな単純な事を見落としていたなんて!! 近くにあればあるほど見えなくなっていってしまう……まるで人間の愚かしさそのものじゃないか!!!」


 DIY部部長は自身の太ももをバンバン叩いていた。


「深いっ! 深いなあ!! DIYって奴は!!」

「……は、はあ。お悩み、解決したみたいで、良かったです」


 DIY部長のテンションはいつも通りの高さに戻っている。

 微笑ましいな、と森田君はなんだかほっとした。


「では、森田君。さっそくボランティア部に行ってくるよ!」


 DIY部長は立ち上がった。協力する旨を伝えに行くのだろう。


「あ、ボクもお供していいですか?」

「ああ、構わないが……どうして?」


 まともな部活動を見学して少しでもメンタルリセットしたい、という本心は言えないので「ボランティア部の活動が気になって」と森田君はそれらしく答えた。



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