第10話
8
「香苗、テロ研の動きは?」
「まだないわ、リコ」
「かえって不気味ね、それ」
「向こうもこっちを警戒してるっぽいから、尻尾は中々掴めない」
「銀野ヨロズは必ず、連動して動いてくる……」
「でしょうね」
「ほんと厄介ね、今回は。色々と」
風紀委員会室の机で手を組み、保羽リコは溜息をついた。
「リコ、バレンタインの懸案事項、まだ残ってるでしょ」
「生瀬の動き、か……」
「前回上手くいったのって、ぶっちゃけ生瀬ちゃんのおかげでしょ。今回も、どうやら銀野会長に協力してるみたいだけど、はてさて、どう動いてくるのか……」
「風紀に引き込んどかないと、まずいわよね」
「引き込めずとも、中立くらいには居て欲しい」
思案顔で香苗は腕を組んでいた。
生瀬さんの率いる変人・奇人どもは、趨勢を一変させる。普段はチームワークなど一欠けらも無い連中だが、生瀬さんの下では類まれな連携を発揮してくる。
敵に回せば手強く、味方になれば心強い。
「どうして生瀬は、前回、あたしたちに協力を?」
「そりゃ、腹に据えかねる事があったんでしょうよ」
「はらに、すえかねること?」
「本人に聞いてみれば?」
「この前、一緒にご飯食べた時、それとなく聞いてみたけど、はぐらかされちゃって。生瀬、なんだか苦しそうなのに、顔には出さないようにしてる、っていうか」
「無理には聞けない、か……」
「あたしたちに相談しにくい事かもしれないし」
「そうね。生瀬ちゃんにも、事情があるだろうし」
「生瀬をよろしく、って如奧には釘刺しといたけど……」
「如奧さんね……いたく生瀬ちゃんを買ってるみたいだから、大丈夫だとは思うけど。生瀬ちゃんが変な道に引きずり込まれたりしたら、私は嫌だなぁ」
「それは大丈夫よ」
「そう?」
「うん」
「なんで?」
確信をもって頷く保羽リコに、香苗は理由を尋ねた。
「よくよく考えるとさ、変人どもに引っ張られるような主体性の無い子だったら、生瀬、とっくに道を踏み外してると思う。芯がしっかりしてなくちゃさ、生瀬みたいに、変人どもの話でもちゃんと聞いたりなんて出来ないでしょ」
「なるほど、そりゃそうか」
得心した、と香苗は頷いた。
物腰の柔らかい聞き役ほど、人間的な強さが求められるものはない。風紀委員会の業務にも、生瀬さんは何度も手を貸してくれている。
奇人・変人の問題児たちも、生瀬さんにはすんなり従う事が多い。
体育会系の人員で構成されている風紀委員会は、ハードパワーに優れる半面、ソフトパワーではやや劣る。生瀬さんのような助っ人の力を借りる事によって、事が運びやすくなる。無駄な腕力の行使は、風紀委員会の本意ではない。
「バレンタインに生瀬ちゃんがどう動くかは、出たとこ勝負かな」
「それより、東原先生の方が問題かも」
「ああ、たしかに……」
近頃の東原先生の動きを思い浮かべ、香苗はげんなりと相槌を打った。
風紀委員会の特別顧問にして、最大の支援者、それが歴史を教える東原先生だ。人間の良くない所を主原料にして生み出されたような人柄で、青春が大嫌い。教員免許を取得した事が七不思議の一つになっているほどの、女教師だ。
風紀委員会にとっては獅子身中の虫であり、獅子奮迅の爪牙でもある。
「東原先生、恋人に振られた生徒を嗅ぎつけては、なんだかロクでもない事を吹き込んでいるらしいから……それが、バレンタイン当日にどうでるか」
「チョコ・即・斬……だっけ?」
「東原先生は、それが絶対正義だって」
「まともな人間なら耳を貸さないでしょうけど……」
「失恋の傷心には、入り込んでしまうかも」
生徒の自主・独立性を重んじる日戸梅高校は、校風が緩い。校内でのチョコの受け渡しは黙認されており、それを邪魔する者があっても、黙認される。チョコの受け渡しを原則禁止する臨時法が出来たものの、ろくな罰則規定すらない。
「さすが特別顧問。毎度、恐ろしい嗅覚だわ」
「現場を見かければ対処はできるけど、全部が全部、東原先生の行動に目を光らして居られる訳でもないから……油断はならない」
「ああ、そうだ、リコ。厳島先生には一応、声をかけといたわよ」
「ありがと。助かる」
日戸梅高校随一の凶相を持つ国語教諭、それが厳島先生だ。
歩くだけで職務質問をうけ、微笑めば手錠をかけられ、幼稚園児に近づくだけでニューナンブの銃口を向けられる、と生徒たちから噂されている。メイク無しでお化け屋敷の主力になれるほどの強面ではあるが、変人ホイホイの日戸梅高校では一二を争う常識人だ。
なにより、東原先生を抑える最後の砦でもある。
「それで、香苗。厳島先生はなんて言ってたの?」
「わかったって。当日も、風紀の手に負えないようなら連絡欲しいってさ」
「頼もしい」
「ほんとにねぇ」
お茶をすすりながら、香苗はしみじみと声を漏らした。
断崖絶壁にはり付いている時のクライミングロープというのか。厳島先生は生徒会の顧問であるものの、今回は、風紀委員会にとっても命綱だった。
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