第7話




「ある人を、地面の下に埋めてあげたいなって、思ってるんです」

(………………………………え……?)


 松崎さんは耳を疑った。


(ひ、人を……う、うめ……え?)

「あ、誤解しないでくださいね。もちろん、生きたままですよ」

「っ!?!? ……い、いき、た、まま、ですか……?」

「安全に配慮して、ちゃんと掘り返しますし」

「は、はぁ……」


 生瀬さんの口振りからするに、事件性はないらしい。

 だが、異常性は限界を突破している。

 もしや、穴掘り同好会に混じっていたのも、それが理由なのかと松崎さんは気付き、余計に頭の中が白くなった。


「でも、どう行動に移せばいいのかな、って」

「……そう、なん、です、か……」

「親しい人には、相談はしてるんです。如奧先輩とか、山下くんとか、色々と……でも、なんていうか、色々と考えている内に、これで、いいのかなって……」

「よく、ない、と、思います……けど」

「やっぱり、そう思いますか?」


 生瀬さんに真顔で念を押され、松崎さんは脂汗をにじませて頷いた。


「は、はい。そりゃぁ」

「……そう、ですよね」

「あくまで、常識的に考えて、ですけど」

「いいえ、松崎さんの言う通りです。こんな迷いがあっちゃ、いけませんよね。やるならもっと、どんっと構えて行かなくちゃ、ですよね。まだまだ私、未熟で」

「!? い、いや、私が言いたいのはそういう事では――」

「相手もそう望んでいるのに、まだ、私の常識が邪魔しちゃって」

(望んでる!?)


 まともな人物ではないと、松崎さんは直感した。

 生瀬さんの好意につけこんで異常行為に引きずり込もうとしているのでは、と松崎さんはその人物とやらへの怒りを燃やしかけ、はっとなる。生瀬さんの瞳は真剣そのもので、その人物とやらへの、溢れんばかりの想いが見て取れる。


 浮ついた気持ちで言っているのではない。

 熟慮の末の発言なのだ。


「実はわたし、最近、指摘されちゃったんです」

「指摘、ですか?」

「どうやら私、パンツ穿いてなかったらしくて」

「――ふぇ?」


 次々と飛び出す異次元のワードに、松崎さんは口を半開きにした。

 生瀬さんなりの比喩表現なのだろうか。と考えて松崎さんは心を持ちなおそうとするも、続く生瀬さんの言葉が輪をかけて混乱を呼ぶ。


「自分でも気づいてなくて」

「え!? う、うん……?」

「笑っちゃいますよね」

「……えっと……」


 笑えない。

 まったく笑えない。

 むしろ心配になる。


 パンツ穿いてない事に気付けないとか、かなりヤバい。松崎さんはそう思ったけれど、口ごもった。生瀬さんの表情があまりにも清々しく、指摘できない。

 松崎さんは大変に空気が読める子だった。


「そういう、もの、なんですか……?」

「こういうの、灯台下暗し、っていうのかな。全然、気付けなくて」

「……か、かなぁ……」


 松崎さんは思わず、生瀬さんのジャージを見やった。

 柔和な生瀬さんに見合った、実に健康的なジャージ姿だ。生瀬さんのいつもの制服姿も、松崎さんは思い出す。とても純朴で清楚なセーラー服姿だ。

 それなのに、下着は身に着けていない。


 すーすーしたりしないのだろうか。

 パンツをはく事を基本としている人間がそう感じるだけで、はかないでいれば、人間の適応力によって気にならなくなるのだろうか。

 と松崎さんは額の汗を拭った。


「でも、山下くんに指摘されちゃって」

「指摘された!?」

「うん」

「へ、へぇ……」

「それで、ちゃんと穿かなくちゃって」

「……そう、なんだ……」

「実際、穿けてるかどうかは、今もちょっと、不安なんですけど」

「ふ、不安……なん、ですか……」

「でも……ふふっ、ほんとですね。胸のつかえが少し取れたような気がする、っていうのか。松崎さんのおかげです。とても楽になりました」

「どう、いたし、まし、て……?」


 山下に毒され始めた生瀬さんは、やや感性がズレてきている自覚を持てていないようだったが、松崎さんにとっては知った事では無い。

 てっきり純情な恋バナかと思ったら――


(な、なんか……なんかすごいカミングアウトされたんですけど!?)


 松崎さんは心の中で叫んだ。

 次々とぶち込まれる情報が予想外すぎて、ついていけない。お淑やかな生瀬さんが、こんな顔面を張り倒すような相談を持ち掛けてくるとは。


(山下くんに指摘されたって……どゆこと!?)


 松崎さんは頭を抱えて身をよじった。

 想像をめぐらすも、これと言う解答は思い浮かばない。


(見せたの? 見られたの? 二人はどういう関係なの? 埋めて欲しがってる人が生瀬さんの想い人だけど、それは山下くんとはたぶん別の人で……えぇ!? 生瀬さんは、清純派なんじゃ!? そう言う事に関して、かなりフリーダムな感じな人なの? 大人しい系の女の子の方がエグイって聞いたことあるけど、そういうこと!?)


 松崎さんは動揺しつつも、これは墓場まで持って行こうと心に決めた。

 松崎さんは義侠心が強かった。


(パンツ穿いてるか穿いてないか自分でもよく分からない、って生瀬さん……それ、ある意味すごいよ……年季が違うよ……。そういえば生瀬さんって、如奧先輩とか、アイロニング部の人とか、あ、あの人たちはこの学校でも屈指の、アレな人達なのに……生瀬さんは平然と話してて……えっと、つまり……生瀬さんは、そっち側の人なの……!?)


 生瀬さんを見る松崎さんの目は、困惑から畏怖へと移り変わった。

 じっとりと背中が湿っていく感触に、松崎さんは唾を飲む。

 生瀬さんの考えている事が分かるだなんて、ついさっき大見得を切ってしまった自分が恨めしい。と松崎さんは自らの太ももをつねった。


 生瀬さんが首を傾げている。


「松崎さん、どうしたんですか?」

「い、いえ。なんでもないです、生瀬さん」

「松崎さんも、なんでも相談してくださいね」

「は、はい……よろしく、おねがいします……」

「私の考えてる事、わかってもらえて、仲間が出来た気分です」

(……な、仲間認定されてしまった……!?)


 同級生と恋バナで盛り上がろうとしたら、いつの間にやらアブノーマルな世界に片足を突っ込みかけている。

 ひゅうっと抜けた風が、松崎さんの背筋を冷たく撫でた。




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