第19話




     12



「あぁら、生徒会長さん」


 そう声を掛けると、ヨロズ先輩が振りむいた。

 保羽リコは階段を下り、対峙する。


「まぁた変わった事してるみたいねぇ、こそこそと」

「保羽さん……」

「やめてくれない? 風紀の手をわずらわせるの」

「なんのことかしら?」

「とぼけても無駄よ」

「そういう訳には行かないわ。清太君にも、とても苦労をかけているもの」

「へぇ、そう。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないわよねぇ」

「?」

「あんたから変な部分を取ったら、特徴なくなっちゃうもん」

「…………」

「な、なによ?」


 保羽リコはためらった。


 いつもなら鋭く言い返してくるヨロズ先輩が、下唇を噛んで押し黙っているのだ。まるで弱い者いじめをしているようで、さすがの保羽リコも気勢をそがれた。


「明日、清太を貸してもらうわ」

「私に許可を取る必要なんて――」

「生徒会の業務があるんでしょ?」

「どんな用で?」

「いつも世話になってるから、って料理部が風紀の子たちにご馳走してくれるそうで、ね。ほら、二学期の終業式の時は、生徒会の忘年会に掛かり切りだったからさ、料理部は」

「その事なら、聞いているわ」

「気にしなくてもいいのに、ぜひって誘われちゃってね」

「それで、どうして清太君をそちらに貸す必要が?」

「毒でも仕込まれると困るからよ」


 保羽リコの鋭い口調に、ヨロズ先輩はくすりと笑った。


「くだらない勘ぐりだわ」

「念には念を入れとこうかってね。ほら、焦った人間は何するか分からないから」

「焦る? いったい何の事を言っているのかしら?」

「心当たりがないのなら良いけど。余裕があったらあるで、まずいわよね。……ほら、いつまでも興味持たれてると思ってたら大間違いって事、あるからさ」

「ご忠告、いたみいるわ。けれど――」

「銀野会長! よろしいですか?」


 ヨロズ先輩の声は遮られた。廊下の先に男子生徒の姿がある。

 副会長が呼んでいた。


「……失礼、所用があるから、これで」

「手間をとらせてごめんなさい。さようなら、銀野ヨロズ」

「ええ、さようなら、保羽さん」


 目をさっと逸らして、ヨロズ先輩は立ち去った。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、保羽リコはずっと見つめていた。


「うーん、揺すぶりは、あんまし効果なかったかな?」


 階段から降りてきた香苗が、保羽リコの傍でそう呟いた。香苗は難しそうな顔をして、頭をぽりぽりと掻いている。踊り場の陰で身を潜めていたのだ。


「ちょいと露骨すぎたし、さすがに今のじゃ、銀野会長には通じな――」

「香苗、銀野ヨロズは明日動くわ」


 保羽リコは静かな口調だった。


「……そうかな?」

「間違いない」


 ヨロズ先輩が立ち去った方向を一心に見つめ、保羽リコは断言した。


「銀野ヨロズはとても焦ってた」

「へぇ。そう……」


 香苗の顔つきがぐっと引き締まった。まあ、リコがそう言うのなら、きっとそうなんでしょう。と香苗は信頼してくれているようだった。


 保羽リコはそういった機微を見抜く力が非常に強い。

 直情的で後先考えない性格ではあるものの、風紀委員長である事は伊達では無い。保羽リコ抜きでは日戸梅高校の治安は不安定となってしまう程なのだ。


「そういや、リコが銀野会長と舌戦でやり込められないなんて、中々ないもんね。家庭科室が開戦の幕って事になるのか……はてさて」

「必ずそこで仕掛けてくる」

「そこを返り討ちにする、のよね。リコ?」

「そうよ」


 保羽リコは頷いた。

 風紀の人員はすでに確保している。動かせる人数は過去最多だ。


「草の者に探らせたところによると、銀野会長はスタント部で落下を練習しているらしいわ。どこからか、飛び降りるつもりなのかもね」

「……ま、また珍妙な事を……」

「でもこれはチャンスでしょう?」

「もちろん」

「いいネタになるわ、現場を押さえれば、ね。屋上から飛び降りようとするなんて、もうこれは、気がふれたとしか思えない。ま、それで生徒たちの大半から銀野会長が信頼を失うって程ではないだろうけれど……」

「銀野ヨロズの弱みを握れる!」

「ま、そういうこと」

「銀野ヨロズって女はね、自分の地位と名誉をとても重んじる。屋上から飛び降りる事を趣味にしているなんて、絶対に他人に知られたくないと思っているはず」

「だろうね」

「なにより、誰にも知られたくない事を清太と共有しようだなんてっ……! そんなのを許したら、乾燥した薪に火をつけるようなもんだしっ」


 ぎりりっと噛み合わせていた歯を緩め、保羽リコはふっと息を吐いた。


 明日が決戦の日になる。

 二人の仲を進展させてなるものか。


 今度こそ、ヨロズ先輩に土をつけてみせるのだ。




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