第5話




 さっそく、ヨロズ先輩は手ほどきを受ける事になった。


 柔軟訓練の時からヨロズ先輩はすごかった。骨があるのかと疑いたくなるほど、身体が極めて柔らかい。股を見事に裂いてぴたりと床につけていた。


 徒手格闘のあれこれから剣劇の足さばきに至るまで、ヨロズ先輩はするすると飲み込んで行く。森田君がやるかぎり、そんな簡単に身につくものではない。だが、ヨロズ先輩は事も無げにモノにしていく。稽古初日とは思えないほどだ。


 スタント部の面々も口をあんぐりさせていた。


「それでは、会長のご要望通り、落下スタントの練習に移りましょう」


 最初はくるんと前転跳躍してマットへ落ちていた。

 それが済むと、次は壇上からだ。


「マットへは少し丸くなる姿勢で背中から着地です。腹から行くとエビ反りになって骨をやられてしまうから、どんな姿勢で飛んでもマットへは背中からが基本です」


 壇上から一メートルほど下の衝撃吸収マットへと、ぴょんぴょんと飛び降りている。たかだか一メートルくらい、と森田君も思っていたが、かなり怖い。


 しかも、足場をどんどんと高くしていくのだ。

 スタント部の面々はともかく、ヨロズ先輩も平然とやっている。


「会長! さすが!!」


 この段階になると、スタント部の目の色が変わっていた。とんでもない逸材を見つけたと興奮し、心の底から喜んでいるようであった。


「殺陣してみましょうっ、殺陣!」

「わかりました。やってみます」

「現代? 時代?」

「そりゃ現代でしょぉ~」

「いやいや、会長の女剣士姿、絶対いけますよ部長」

「むむぅ、決めがたい。では会長に決めてもらいましょう」

「なら、現代劇でお願いします」

「会長みたいに美人なら、ぜったい良い画が撮れますよ!」

「そうだそうだ、やってみよう」

「書記くん、カメラをお願いできるかな?」

「はい」


 森田君がカメラを使う事になった。


 体育祭などでそれなりに扱ってきているので、カメラに関してなら、森田君は全くの初心者という訳ではなかった。

 森田君としても、こういう役の立ち方なら大歓迎だ。


 役者さんの動きにあわせて、どういった構図で抜くのか。

 おおよそではあるが、スタント部の人達からレクチャーを受ける。


「こうなって、こうなって、つぎはこうで、そんで最後にこうです。カメラがあっちにありますので、その事を頭の端に入れておいてください」


 ヨロズ先輩もスタント部の面々と軽く打ち合わせしていた。

 その場その場で、動きはぱっぱと覚えていくものらしい。


 本当は当たっていないけれど、当たっているかのような迫力を、カメラに見せる。それが見栄え良くなるように。

 単純に殴られてぶっ飛ばされるより、格段に難しい。


 スタントマンの地位が低い、というのも変な話だ。

 森田君にはそう思えた。


 スタント部の面々は嬉しそうにヨロズ先輩と殺陣を繰り広げていた。


 スタント部の面々の手足を森田君がちらりと見た限り、運動部のそれと同じく、かなりボロボロで皮膚が分厚くなっていた。手まめの潰れた痕もあった。

 かなりハードな練習を、日頃から課しているのだろう。


「あらゆる部活の助っ人をこなすお方、やはり格が違う!」

「容赦なく顔を狙って回し蹴りを放てるとは、さすが!」

「慣れないと躊躇しちゃうんですよ、それ!」

「明日からでも部に入って欲しいくらいです!」

「いえいえ。皆さんの立ち回りのおかげです。やってみて分かりました。主役がどれほど上手くやろうと、アクションの迫力は、やられ役への信頼なしには成り立ちません」

「おおぉ、そうっ、そうなんですよ!」

「その事に気付いてくださるとは、会長、くぅ~!」

「…………」


 やたらと身体能力の高いスタント部の面々から、ヨロズ先輩は絶賛されていた。森田君では到底真似できそうにない動きでも、二度手ほどきを受けるだけで、すぐにモノにしていってしまう。ヨロズ先輩の持ち前の運動神経は尋常ではない。


 頭も良いので、カメラに映える動きを掴んでいるらしい。


(………………そういえば先輩ってすごく出来る人なんだった!!)


 そう気付くのに森田君は少し時間がかかった。


 近頃あまりに意味不明で支離滅裂なヨロズ先輩ばかり見てきたものだから、森田君はすっかり忘れていた。表向き、ヨロズ先輩は文武両道の完璧超人で通っている。日戸梅高校において、男女問わず尊敬と憧れを集めるクールビューティーだ。


 単なるアホの子ではないのだ。


「カメラ回してやってみましょう!」

「ああ、そうだなっ。お願いします、銀野会長!」

「わかりました」

「ヒーローが現れて悪人を倒す、って場面です」

「決め台詞は『最初に言っておく。俺はかーなーり強い』で行きましょう!」

「いや、そこはやっぱり『天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ』でしょうよ」

「個人的には『俺の強さにお前が泣いた』もプッシュしたいなぁ」

「部長、どうします?」

「ううーん、ライダー系は良いチョイスだと思うけど、みんな好みが違うからな。収集つかないぞ、それだと。ここは凡だけど、『悪は絶対許さない』で手を打っておこう」

「ですね」「だな」「部長が言うなら」

「よろしいですか、銀野会長?」

「ええ。いつでもどうぞ」


 ヨロズ先輩が頷き、皆が配置につく。


 練習とはいえ、ぴしりと空気が張り詰める。皆、目つきが違う。森田君がカメラを回し、スタートの合図を送ると、ヨロズ先輩が決め台詞を鋭く放った。


「悪は絶対許さない!」


 すると、部員たちがポカーンとした。

 森田君もポカーンとなった。


 さもありなん。


 アクションは超優良であるのに、ヨロズ先輩はとんでもない棒読みだったのだ。大して長くもないセリフを、ここまで下手に言えるのかという程に。


「は、ははっ……か、会長は、少し緊張されているんですかね」

「り、リラックスしましょう。ね、みんな! 会長は初めてなんだし!」

「そ、そうだな。場の雰囲気が堅すぎたから!」


 スタント部の面々が冷汗を垂らしながらフォローを入れ、リテイクを行うも、ヨロズ先輩の大根役者っぷりは拍車がかかるばかりであった。

 もっとも深刻であるのは、


「どうかしら? 今のは、上手に出来たと思うのだけれど?」


 ヨロズ先輩にさほど自覚が無い、という事であろう。


(あ、あれ……?)


 森田君は困惑した。


(以前、リコ姉ぇをやり過ごした時のお芝居は迫真だったはず。も、もしかして、先輩、演技しようと意識すると演技できなくなるタイプ……?)


 そう言えば、と森田君は思い出した。以前、ヨロズ先輩は「役者はやるものではなく、見るものだと小学校で教えられたわ」と言っていたような。


 そもそもヨロズ先輩は感情の起伏をあまり表に出すタイプではない。

 心をとても読みにくい人だ。

 どちらかと言えば、氷の微笑みが似合う悪役美人なのだ。



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