第11話
9
森田家での勉強会から時間は過ぎ、すでに期末テスト二日目の終わりとなっていた。
帰宅や部活へ向かう生徒たちも去り、人気の落ち着いた廊下を、保羽リコは香苗と生瀬さんと連れ立って歩きながら、下足室から校門へと向かう生徒の波を眺めていた。
「期末テストはみんな大丈夫そうね」
保羽リコは香苗と生瀬さんへと目を移して、そう言った。
三人はテスト終わりに東原先生から頼まれた用事を済ませた、その帰りだった。人通りのぐっと少なくなった三階廊下の窓から、保羽リコは顔を突き出して風を浴びている。
「風紀委員でテストが危なそうな子たちは、ばっちりサポートしてあげられたし」
と保羽リコが余裕の表情で言うと、香苗が顔を曇らせた。
「あんたがこう、勉強できる方の人間っていう事実がこう、なんていうのかな。ちょっと私の語彙ではうまく表現できないんだけど、すごくムシャクシャする」
香苗がそう言うと、生瀬さんが驚いた表情をした。
「香苗先輩って……リコ先輩より成績低いんですか……?」
生瀬さんに困惑の眼差しを向けられ、香苗は肩を落とした。
「生瀬ちゃん、他人のプライドとか尊厳とか、さらりとえぐっていくスタイルはやめようね。あとリコはこんなだけど、二年生の中じゃ銀野会長の次に勉強だけは出来るのよ」
「ええ!? ……あ、ごめんなさい、リコ先輩」
「気にしないってば、んな事」
生瀬さんの素直かつ失礼なリアクションを、しかし保羽リコは意に介さない。
「あたしは頑張って勉強してるから当然なだけだし。それにね、香苗はあれよ。やる気がないの。平均ならそれでいいや、親にぐちゃぐちゃ言われない程度の点で、とりあえず進級できれば、って感じだから、いっつも。そこで勉強を止めるからよ」
保羽リコがそう説明すると、生瀬さんは納得したようだった。
「ああ、なるほど。香苗先輩って、そつなく何でもこなせるのに、極める事は面倒くさがってやろうとしない人ですもんね」
「そうそう、そうなのよ。生瀬は分かってる。根が無精者だから要領掴んでぱぱっと理解してさくっと伝えるのが得意なのよ。風紀の一年とかに勉強教えるの、ほんと上手いんだから、香苗は。塾の講師とか、すっごく向いてると思う」
「そうなんですか。……こんど、教えてもらって良いですか?」
「いいわよね、香苗?」
生瀬さんに続いて保羽リコがそう言うと、香苗は頷いた。
「もちろん」
「でも生瀬は教えてもらわなくても、一人で出来そうだけど?」
保羽リコがそう尋ねるも、生瀬さんは首を横にぶんぶんと振った。
「そんな事ないです……私、成績はいつも真ん中くらいですよ」
「そうなんだ。なんか意外」
「で、人の心配なんて余裕かましてるあんたは、どうだったのリコ?」
香苗がそう言うと、保羽リコは自信満々にぐっと親指を立てた。
「もちろん上出来よ。我ながら恐ろしいほどスラスラと行けたわ。見直しもバッチリ。勝てる……勝てるわ、香苗。今のあたしならっ」
「誰に?」
「もちろん、銀野ヨロズに」
「なんで?」
「テストで」
「…………よかったね。頑張って」
香苗のぞんざいな返事に、しかし保羽リコは満面の笑みで応えた。
「ふふっ、ありがとう。見ていて。いろんなものを失い、哀しみを背負い、余計な雑念の消えたこの状態ならっ、まさしく無想転生。世紀末拳法の奥義ですら会得できそうなほどに冴えわたっているもの。この調子で行けば、にっくき銀野ヨロズに初めて土をつけてやれる」
「うん、なんかね……涙が出て来るよ、リコ」
香苗がそう言って歩き始め、保羽リコと生瀬さんが連れ立って歩き、他愛もない話をしながら廊下の角を曲がり、階段を下りて廊下へと出たその時だった。
遠くにヨロズ先輩と森田君の姿が見えた。
「では、森田君。テスト明けの土曜日でどうかしら?」
「はい、ではその日に」
二人は生徒会室の前で話し合っていたようだった。ヨロズ先輩の表情はいつも通りだが、森田君はものすごく嬉しそうだった。保羽リコたち三人には気付いていない。
香苗がポツリとありのままの印象を述べた。
「……デートっぽいわね、あの二人」
「ですね。……いいなぁ」
生瀬さんがそう呟いて同意すると、どさっと近くで音がした。
見ると、あれほど威勢の良かった保羽リコが床に突っ伏していた。先程までの元気はどこへやら、保羽リコは完全に燃え尽きたような顔をしていた。
「…………」
まさしく保羽リコは呆然自失、といった有様だった。
香苗が保羽リコを抱き起し、目前で手を振るも反応がない。
「もしもーし。リコ? リコさん? ……ああ、これは雑念に塗れてるわねぇ」
「リコ先輩……」
香苗と生瀬さんは悟った。
保羽リコはこの期末テストですらヨロズ先輩に敗北する、と。
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