第三章
第18話
16
「どうしよう……?」
休日のその日、森田君は頭を抱えていた。
ヨロズ先輩との秘め事はお休みだ。
だが、それ以上の難題にぶち当たっていた。
森田君は生徒会役員だ。一年のクラス委員長である生瀬さんとは、お話する事もたびたびあった。生瀬さんはとても人当たりが良い。友人と呼べるほどの付き合いはなかったが、単なるクラスメイトという程、よそよそしくもないはずだ。
だが、気兼ねなく埋めてもらえるほどの仲かと言われれば、当然そんな訳はない。
(そもそも気兼ねなく埋めてもらえる仲って、なんだ……?)
自問自答に森田君は首を捻った。
こういう形で女の子を家に招いた事など無い。ある人間自体、なかなか居ないだろう。そもそも、保羽リコ以外の女の子が一人で森田家の玄関を潜った事はない。
どういう風におもてなしするか。
どう切り出せばいいのか。
週末の今日になっても、森田君の悩みは尽きなかった。
(生瀬さんが家にやってきて、いきなり埋めてください、というべきか……?)
いやいやと、森田君は首を振った。
それは何だか間違っている気がする。がっつきすぎというか。心の赴くままにやりたい事だけやろう、というのではケダモノである。
ちゃんと雰囲気づくりをしないといけないはずだ。
あぶないあぶない。
物事には順序というものがあるのだ。
「…………クラスメイトの女の子に、自宅の庭に埋まる事を手伝ってもらうための雰囲気って……どうやって作ればいいんだ…………?」
順序立てて考えようとした結果、とてつもない壁に森田君はぶち当たった。
数学上の未解決問題の様に、シンプルな難題である。
おおよそ通常の出版物には、そのような雰囲気作りのノウハウが記載された代物はないだろう。通常ではない出版物にも、さすがにピンポイントすぎて、そういった雰囲気づくりのノウハウが記された物があるとは考えにくい。
試しにネットで調べてみたが、森田君の求める検索結果は無かった。
むしろ考えすぎなのだろうか?
あれこれ考えず、普通にしていればいいのか?
友達に宿題でも手伝ってもらう感じで?
『ちょっとここの埋まり方が分かんなくて、生瀬さん、どうしたら良いのかな?』
『森田君、こういう時はね、この公式を当てはめればいいんだよ』
『そっかー、そういう埋まり方があったのかぁ』
いささか無理がある。
森田君は懊悩した。
(すでにこの状況自体が普通じゃないのに、普通もへったくれも……いきなり土下座して勢いで押し切った結果が今のこの状況な訳だし、いやでも、はじまりから終わりまで勢いだけで突っ走るのは良くないぞ。調子に乗って道を間違う典型的なパターンじゃないか。いやいや、そもそも普通って何だ? 平均値のことなのか? これほど人の感性が多様化した社会において、普通などという指標を有難がる事にこそ問題が――)
混乱しすぎて明後日の方向へと森田君の思考が傾いた瞬間、家のチャイムが鳴った。
生瀬さんだ。
予定の時間より五分ほど早い。
直感と共に森田君の頭は真っ白になった。
(とりあえず、出迎えないと!)
と、森田君は玄関ドアを開けた。
小柄な生瀬さんが立っている。着慣れたシャツとデニムのズボン姿だ。運動靴も履きなれたものらしい。身軽で、汚れてもよい格好で来てくれている。
愛くるしくも折り目正しい普段の生瀬さんより、すこし砕けた感じがする。
「い、いらっしゃい、生瀬さん」
「こ、こんにちは森田君」
「とりあえず中へどうぞ」
森田君はとりあえずリビングへと生瀬さんを招き入れた。
「おじゃまします」
生瀬さんがそう言って、森田君の後ろについてくる。
何を話せば良いのか分からない。
とりあえず森田君は飲み物とお菓子を出したが、どんな顔をして生瀬さんと向かい合えば良いのか、考えれば考えるほど分からなくなった。
生瀬さんと対面して座るも、森田君は焦るばかりだった。
(もっと、しっかりしろっ……!)
森田君は自分を叱咤した。
沈黙はまずい。
生瀬さんは不安なはずだ。
こんなトンチンカンなお願いに応えてくれ、特別な好意のある訳でもない男の家に、わざわざたった一人で来てくれたのだ。
ヨロズ先輩を支えられるように。もっともっと、頼りがいのある男になれるように。生瀬さんの優しさに付け込んで、巻き込んでしまったのだから、せめて――
そう森田君が空回りしていると、生瀬さんが茶菓子を手に取り微笑んだ。
「……あの、森田君。もう少しだけ、気楽にいきませんか? そんな一杯いっぱいだと、身体が動かなくなってしまうから」
「…………」
「良い悪い、正しいかそうでないか、もっといい方法が在るのか無いのか、それを考える事も大切だけれど、それと同じくらい、自分の今やろうとしていることに向き合う事も大切だと思うんです。悩む事っていうのは、真剣に向き合うからこそで、悩んだり迷ったり訳分かんなくなっちゃうのは、それだけ真剣な証拠なんじゃないかなぁって。だから、それだけ想いを注いだのなら、ちょっとくらい零しても無くなったりしないはずで。あの、えっと、……ふわふわした考えだけど、私はそう思うから」
生瀬さんのほんわかした口ぶりに、森田君は肩の荷が下りたような気がした。
知らず知らず、生瀬さんに頭が下がる。
「……本当にありがとう、生瀬さん。こんなことに、つきあってくれて」
森田君がそう言うと、生瀬さんがぱたぱたと手を横に振った。
「気にしないでいいってば。確かに強引な頼み方だったけど、森田君を応援するって決めたのは私だから。できる範囲で、だけど」
「……生瀬さんは時々、後光が眩しすぎて直視できなくなるよ」
「ふふふっ、なにそれ」
生瀬さんはくすくすと口に手を当てて笑っている。
そんな生瀬さんのおかげで、森田君もいつのまにか緊張はほぐれ、口調からも堅苦しさは消えていた。適度に力が抜けて、森田君の頬が緩む。
ほんの一言で、自然な流れを作れるような雰囲気だった。
そういう雰囲気にしてくれたのだ、生瀬さんが。
(すごいな、生瀬さんは……)
肩の凝りがしゅっと溶けてしまうよう。
雪解けの陽射しに逆らう意地っ張りな雪ダルマでさえ、水になってもいいやと思わせてしまうような、生瀬さんのこの温かい柔らかさを学べたら。それはどれだけ頼りになる事だろうかと、森田君はあこがれるような思いだった。
「それじゃ、その、生瀬さん。そろそろ、いいかな?」
「……え? あ、う、うん……」
本来の目的を思い出したのだろう。
目線を下げて恥ずかしげに戸惑いながらも、生瀬さんは小さく頷いた。
生瀬さんが来る前に穴は掘っておいた。
穴掘り同好会のおかげで、森田君はそれなりに上手く掘れるようになっていたのだ。山中では木の根や石などでまた勝手が違う、という事も実感していた。ヨロズ先輩を埋める予定の山まで、こっそり森田君は練習に行ってもいる。
生瀬さんと手順を話し合い、森田君は穴の中へ横たわった。
秋晴れの下、ややリズムの悪いシャベルの音がする。
冷たい感触と共に足元から、徐々に土が積みあがってゆく。胸元まで土がやってくると、短く切ったホースを咥えて森田君は目を閉じた。
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