第16話




 ところが森田君の受難は、それで終わらなかった。

 放課後、森田君はヨロズ先輩に呼び出されたのだ。


「どういう事なの? 森田君」


 屋上へと呼び出され、対面したと思ったら、ヨロズ先輩の第一声がそれであった。詰問するようなヨロズ先輩の口ぶりに、森田君はぽかんとした。


「……昼休みの事ですか?」


 森田君は尋ね返した。

 思い当たる節と言えばそれしかない。


 ヨロズ先輩は頷いた。


「第二新聞部のゴシップ記事を鵜呑みにする訳ではないけれど、どうやら全部が全部、まったくの嘘という訳でもないようだったから」


 ヨロズ先輩はそう言って、校内掲示板に張られた件のゴシップ記事を見せた。森田君がそれを受け取って目を通すと、昼間の生瀬さんとの一件が、もう出鱈目記事になっている。


 実に仕事が早い。


 第二新聞部はイエロージャーナリスト部ともいわれ、彼らによれば校長先生は四回ほど宇宙人に体を乗っ取られているとの事だ。たとえ本当の事でも、第二新聞部がすっぱ抜くことで真実味が消えてしまうという、オオカミ少年に似た哀愁を持つ部活だ。


 ヨロズ先輩へと、森田君は首を横に振った。


「誤解です。生瀬さんに埋めて欲しいとお願いしただけで、ボクの口からは少なくとも、先輩の事は何一つ漏らして居ません」


 森田君が言い訳を述べると、ヨロズ先輩の綺麗な眉がピクリと動いた。


「……他の女の子に、埋めてと頼んだの? 私に相談せず、陰でこそこそと?」


 ヨロズ先輩の咎めるような口ぶりが、やや強くなる。

 森田君は驚きながらも頷いた。


「……ええ、まあ……色々とありまして」

「それは埋め気じゃないかしら?」

「うめき……? なんですかそれ」

「浮気的なものよ、おそらく」


 ふいっと顔を横に向けながらヨロズ先輩はそう言った。森田君との秘め事に生瀬さんの協力を得ようとしたことが、ヨロズ先輩は気に入らないらしい。

 森田君は誰のためにそんな事をすることになったのかと、目を細めてヨロズ先輩を見た。


「埋め気って……自分ですらしっくりこない造語を使わないでください」

「それで、どうしてなの?」

「はい?」

「どうして埋めて欲しいと土下座したの? なぜ森田君が埋められる事になったの?」


 ヨロズ先輩は淡々とした声で森田君に質問してくる。

 森田君が事情を話すと、ヨロズ先輩はいぶかしむ様に眉根を寄せた。


「森田君、それなら私に頼めばよかったじゃない」

「そ、それはその……」

「………? なに?」


 ヨロズ先輩の無自覚さに、森田君は観念してありのままを口にしようと決めた。


「そういう努力をしている所をですね、先輩に見せるのは、なんだか恥ずかしいというか。できれば隠して置きたかったと言うか。た、例えるとその、で、デートの下見をですね、デートする予定の人と一緒に行く訳には行かない、というか…………そういった感じです」

「……………たしかに、それは、そうね……」


 滑ったギャグの説明をさせられる芸人のような、あるいは、失敗した手品をネタばらししながらやらされるマジシャンのような。なかなかの羞恥プレイに耐えつつ説明する森田君に、ヨロズ先輩も気まずげに頷いた。そして、ヨロズ先輩は森田君へと小さく頭を下げた。


「疑ったりしてごめんなさい。森田君は森田君なりに、考えて動いてくれたのに………その、私、プライベートで男の人と接した事があまりなくて。男女交際の経験もなくて、距離感が良くわからないの。そもそも付き合っても居ないのに、こういう手間のかかる事をお願いするのって、やっぱり変よね」

「いえ、まあ、なんて言えばいいのか……すぐさま断られてしまうより、試してもらえるだけでもボクとしてはありがたいです。それにボクも、女の人との距離感とか、わからないのは同じですし。……でも、意外です」


 何とも言えない雰囲気を何とかしようと、森田君は話題を変えた。


「先輩みたいに綺麗な人が、付き合った事無いって」

「ほら、私って、アレでしょう?」


 と、ヨロズ先輩が察してほしそうな眼を森田君に向けてくる。


 森田君は頷いた。

 ヨロズ先輩は告白してきた純情な男子に、初っ端から『山中に埋めてくれ』などと言う女子高生である。噂では池 綿造さん(仮名)にトラウマを与えている。


「まあ、たしかに、先輩って、ちょっと思考回路がおか――」

「表情の変化が少ないトコ、あるから。近寄り難いみたいなの」

「へ?」


 森田君は目を白黒させ、取り繕うように笑った。


「あ、ああっ、そうですよねっ。先輩、クール・ビューティーですもんね!」

「そう思われているみたいなの。少し困っているわ」

「は、はは……」

「ところで森田君」

「はい」

「いまさっき、私の言葉にかぶせるように『ちょっと思考回路がおか――』と言いかけていたけれど、続きをどうぞ。会話はキャッチボールですものね」


 受け取って欲しいボールは良くスルーするくせに、一体どうして、こういう投げ間違った球だけ異様なキャッチ率で投げ返してくるのだろう?

 と、森田君はどぎまぎした。


「……え? あ、あう……えっと、先輩は思考回路がおか、おか……オカメインコみたいで可愛いなぁっと……」

「……そう? 照れてしまうわ、可愛いなんて」


 森田君の口から出まかせだったが、ヨロズ先輩はやや嬉しそうだ。

 かわいい、は正義で、作れて、なにより便利である。


「ん? けれどよくよく考えると、可愛いなんて話の流れに合っていないような。それに、それは思考回路が鳥類並と言われているような――」

「深く考えずに行きましょう! ね? ね? 好きな人と会話する時なんて、ぶっちゃけ自分でも何言ってるのか良く分からないし、深く考える余裕が無いものなんですから!」


 森田君は焦りながらそう言った。

 そして自分の言葉に森田君は少なからず凹んだ。



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