第14話




(生瀬さんしか、いない!!)


 森田君は確信し、翌日の昼休み、生瀬さんを呼び出した。

 場所は校舎裏だった。


 森田君はうかっとしていたが、日戸梅高校の校舎裏は告白の絶好ポイントの一つだ。何組ものカップルがここで誕生している、パワースポットだった。


 森田君のひどく思いつめた様子と、校舎裏という人気のない場所。ただならぬ雰囲気を感じ取ってくれたのか、生瀬さんも軽く髪や服などを整えていた。


(どう話を打ち明ければいいのか……?)


 森田君は分からずに、三分が沈黙で過ぎた。

 このままでは昼休みが終わってしまう。なにより、沈黙に耐えられない。


 そう考えて、森田君は生瀬さんを力強く見つめた。


「あ、あのっ、生瀬さん!」

「は、はいっ!」


 素っ頓狂な声を出した生瀬さんへ、森田君は頭を下げた。


「こ、この前はごめんなさい! その、いきなり口を塞いだりして……」

「…………え?」


 森田君の言葉に戸惑う仕草を見せ、生瀬さんは思い出したように頷いた。


「あ、うん。そのことなら、もう十分謝ってもらったから。気絶した私を運んでくれたのも、森田君なんでしょう? 気絶したのは蜘蛛を見たからであって、森田君のせいじゃないから、気にしないでね。その、わたし、虫がちょっと苦手で」


 あたふたとした身振り手振りを交えつつ、顔を赤らめながら生瀬さんは続けた。


「それにこのまえ見た事は誰にも言わないし、あれが何だったのかも聞いたりしないから。森田君の家でそう約束したでしょ、銀野会長にも。だから、安心して」

「あ、ありがとう、生瀬さん」


 人格者を通り越してこの人は天使だと、森田君はそう思った。

 そんな天使に対して、これから何をお願いしようとしているのか。


 森田君はふと冷静に考えて足踏みし、だが退くに退けず切り出した。


「……それでその、本題は別にあって。わざわざ、こんなとこに呼び出したのも、そのためで。…………な、生瀬さん、じ、じつはボク……そのっ……」

「は、はいっ……」


 森田君の思い詰めた声音に、再び生瀬さんは背筋をぴしっと伸ばしている。


 だが、森田君としては正直に事情を話す訳には行かない。ヨロズ先輩を山中に埋めようとしている秘密は、まだ生瀬さんにも黙ったままだ。

 ヨロズ先輩の地位と名誉にかけて、誰にも知られるわけにはいかない。


「生瀬さんに、いままでずっと言えなかったんだけど――」

「う、うん」


 ヨロズ先輩との秘密は守らねばならない。

 だから森田君は、腹に力を込めた。


「ボクは、……………………………………………………………………………土の中に埋められたい系男子なんだ!!!」

「……………………………………はへ?」


 ひねり出した森田君の言葉に、生瀬さんがぽかーんとしている。

 それはそうだろう。そうなって当然だ。


 いきなり呼び出されたかと思ったら、絶対に予想など付きようがないカミングアウト。

 逆の立場なら森田君だってそうなる。


 だが、森田君は押し切るしかなかった。


「変な事を言っているのは、自分でも分かる。これから言おうとする事も全部変な事だっていう自覚もある。ボク自身、つい二週間前から変な事のみを考えて生きている気がするっ。正直自分でも訳が分かっていないというか、つ、つまり……」

「…………」

「訳あって……といっても、どんな訳なのかは決して言えない事情があって。それで色々ボク自身考え抜いた末の結論なんだけど、地面の下にボク自ら埋まってみる、という必要性がある事に気付いたんだ!」

「えっ!?」


 驚いた生瀬さんが、あわあわと口を動かして、辛うじて頷いている。


「……あっ、う、うん……? き、気付いちゃったんだ……」

「でも自分一人ではなかなか上手に埋まれなくて!」

「だよね。それは、そう、だよね……」


 理解不可能な森田君の言葉の中に理解可能なところを見出し、生瀬さんは生来の生真面目さと優しさで、相槌に限りなく近く見えるだけのまったく別の何かを打った。

 森田君は生瀬さんの様子を見る余裕もなく、さらに続けた。


「考えれば考えるほど、埋まらなくちゃいけないという義務感が、埋められたいという欲求へと変わっていくような気さえしてて。ただ埋まるだけでは駄目で、色々試行錯誤しないといけなくて。だから、ちゃんと生きたまま掘り起こしてくれたりとか、手伝ってくれる人が必要で。それもあまり公には出来ない事だから。親とか親戚にこんな事は頼めないし、色々自分の中で誰がいるかと考えた結果、つまりその……」

「つまり……?」


 生瀬さんは嫌な予感がするとばかりに、目をさまよわせる森田君に続きを促した。

 森田君は精一杯、腹に力を籠める事しかできない。


「生瀬さん以外、信頼できそうな人が居ないんだっ!」

「な、なんで!?」

「生瀬さんはクラス委員長としてすごく真面目に仕事しているし、他の女の子と違って、あんまり人のウワサ話とかしないし。人の話しをすごく一生懸命聞いてくれるし、どんなアホな男子のバカ話しでも真面目に優しく丁寧に答えようとして、逆に男子をいたたまれないくらい恥ずかしそうにさせている事が良くあるしっ」


 困惑する生瀬さんに対して、息継ぎする間も惜しむように森田君は続けた。


「しっかりしているっていうか、口が堅そうっていうか、土下座したら大抵のお願いは聞いてくれそうというかっ。あ、いやその、もちろん良い意味で!!」

「えっと、まって、待って! ごめんなさい……はえ? ……あの……へ?」


 生瀬さんの困惑は留まること知らない。


「……ちょっとその、えっと……いきなりだから、私、混乱してて……」

「いえ、至極まっとうな混乱だと思います!」


 森田君はそう同意した。


「いきなりだろうが、順序を経ようが……というより、そもそも順序を経るなんて事が成立しない気もするし。こんなこと頼まれたら、そりゃ混乱してあたり前ですから!」


 続けざまに森田君は断言した。

 話の筋が見えるほどに、生瀬さんの困惑を深めてしまう。まったくあべこべだった。話自体が出鱈目すぎる。森田君はカラカラの喉を潤すために唾を飲み、額の汗を拭いた。


 だが、攻めあるのみ。

 森田君の頭の中に、撤退の二文字は無い。


 生瀬さんが少しだけ落ちつくのを待って、森田君は膝をついた。


「それで、そのっ、ほんとうに厚かましい限りで、り、理由は……言えないんだけどっ、そのっ………………う、ううう、うっ、埋めて欲しいんだ! 生瀬さんにっ」

「え、えっと……ちょっと、森田君!?」


 生瀬さんが動揺するほど深く、森田君は土下座していた。

 しなければならない気がした。


 気がつけば膝を折り、腰を曲げ、指を付き、ほとんど無意識に頭を下げて居た。

 企業の偉い人たちが謝罪会見を開き、いい歳こいた大の大人たちが記者達の前で不様に頭を床につける、その気持ちが痛いほど分かる気がした。


 もう二度と『ウソ臭い謝罪だなぁ、どうせ心の中じゃゴメンナサイなんて思って無いんでしょ?』などと思わない、と森田君は誓った。色々と申し訳なさ過ぎて、額を地面に擦りつけて居なければ、この言葉を発してはならないような気さえしていた。


「土の中に。地面の下に。ボクを埋めて欲しいんだ! キミしか居ないんだ!!」

「……………………」


 なかなか返事が無くて、森田君は頭を恐る恐る上げた。


 生瀬さんと目があう。

 目があって、初めてお互いに気付く。


 言った事と言われた事のあまりのシュールさに、一般的な常識をそれなりに持つ二人の男女は、顔を真っ赤にしてうつむいた。


「何言ってんのコレ!?」「何言われてんのコレ!?」状態である。


 意味不明なカミングアウトとお願いの言葉が、二人の間の近くて遠い領域をぐるぐると音声つきで回っていた。冷静さを取り戻しつつあった森田君と、混乱からやや立ち直りつつあった生瀬さんには、少々刺激が強すぎる。


 もう相手を直視できなかった。


 森田君は思った。

 誰かを好きだと言う気持ちは、心底自分を訳分からなくさせる、と。


 そしてそんな訳の分からない事へ、生瀬さんの優しさや真面目さにつけ込む形で引きずり込もうとしている事に、例えようのない罪悪感を森田君は覚えていた。


 ヨロズ先輩はよくもまあ、こんな羞恥心で顔が沸騰しそうになるようなセリフを、愛の告白してきた一年生に臆面もなく言えたなぁ――と森田君は感心した。


 森田君が顔を真っ赤にしてもじもじしていると、生瀬さんが自身の胸に手を当てた。


「…………わ、私以外、いないんだよ、ね? 頼れる人」


 生瀬さんに尋ねられ、森田君はこくこくと頷いた。


「は、はい…………本当にお恥ずかしい話し、交友関係を見渡す限り、それはもう口の軽そうなのばっかりで。うかつに話すと、話に尾ひれどころか背びれ胸びれ、果ては手と足と肺までつけて魚類から両生類に進化させた挙句、次の日にはアルゼンチンで国民的話題にしかねないほどの連中ばかりで………………」

「……そ、それはある意味すごいね…………」


 なぜこうなってしまったのか、もはや理解不能である。だが、こうなってしまったという現実だけは、疑問をさしはさむ余地もなくある訳で。


「……はい。それでは、お手伝い、させて頂きます……」


 生瀬さんはぺこりとお辞儀し、森田君ははっと顔を上げた。


「……え!? あの、本当にっ!?」

「わ、私しか、居ないのなら……その、仕方ないですから……」


 二言はありませんと生瀬さんが頷いている。

 森田君は安堵したように、ぺこりと頭を下げた。


「あ、ありがとうございますっ。で、ではその、生瀬さん。予定は週末で……土曜と日曜なら、ど、どちらが、あの、都合がよろしいですか……?」

「ど、どちらでも、構いません。あ、でも、できれば、その、午前中の方がこちらとしては都合が良いので、なるべくそうして頂けると……」

「あ、はい。分かりました。では土曜日で、集合時間は十時と言う事で。親は出かける予定なので、あとリコ姉ぇも用事があるとかで、部外者の目を気にしなくて良いかと。場所は、ボクの自宅で行います。あの、小さいんですけど庭がありますから」

「は、はい……」

「もろもろの道具はこちらで準備します……でも、なるべく服装や靴は、汚れたり土を被っても良い物でお願いします」

「わ、わかりました……」

「もし何か質問などございましたら、また後ほど、ラインか何かで」


 森田君と生瀬さんの間で交わされる、よそよそしいやり取り。

 同い年のクラスメイトでありながら、必要以上に多用されはじめる敬語。

 未だに目を合わせられない二人。


 混乱の余韻と、さらなる波乱の予感。

 若さのとめどない暴走。


 こうして、生瀬さんは森田君を埋める事になった。




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