4/14~4/20

4/14


 女子バスのマネージャーの仕事は、茨の道になるっぽい。今までのマネージャーは三年生で卒業し、二年生にはいなかったらしい。だから、私は新しく募られたマネージャーだ。ノウハウとかを直接教えてくれる人がいない。先輩たちが、こうやってたよと教えてくれて本当に有難いんだけど、マネージャーそのものをやっていたわけじゃないからどこかちょっと曖昧だ。初日だったって言うのもあるんだろうけど、今日一日だけで、どっと疲れた。来週から、頑張らなきゃ。


4/15


 ここ数日、やっぱりお父さんは私と朝ごはんを一緒に食べない。今までは嬉々として私たちと一緒に食べていたのに、私が居間に下りていくともう済ませているか、既に家すら出ている。私だってこの春から、前より朝が早くなったのに、それより時間を早めているらしい。私の中学より遠くに学校があるはずのお兄ちゃんこそ早く出ればいいのに、私と一緒にご飯を食べて、バスに遅れちゃうと言いながら家を出て行く。今日のお兄ちゃんは、昨日から始まった再放送のドラマが当たりだったらしく、朝からテンションが高かった。寝起きがあまりよくない私はあまり乗ってあげられなかった。というかウザかった。みんながお父さんを嫌がる感じって、こういう感じなのかも。何故か私はお兄ちゃんにそれを感じているけど。



4/16


 今日は日曜日だけど、お父さんは仕事だ。入ってくる仕事しだいだから、日曜日に仕事するのもざらだ。昔はそれが辛かった気がする。他のみんなは日曜日に、お父さんがどこかに連れてってくれるのに、私は極端にその機会が少ない。お家の中を直す仕事が多いらしくて、家の人が立ち会う為に、日曜日を指定されることが多いんだと、今は知っているけど、小さい頃はそれも分からなかったから、ちょっと悔しかったり、寂しかったりした。

 でもまれに日曜日に仕事が入らなくて、お父さんと遊べたらやっぱりうれしかった。どこかに連れてってもらったこともあるけど、別にそうじゃなくても良かった。お父さんとお母さんと、お兄ちゃんと。たとえ過ごし方がどんなものであろうと、四人一緒にいられるのが私はうれしかった。

 でも、友だちにこれは打ち明けられないな。



4/17


 今日は初めての英語の授業だった。隣の市の学校では小学校から英語の授業があるらしいけど、うちの市はまだだ。若そうな女の先生だったけど、入ってきていきなり英語で挨拶していた。ちょっとびびる雰囲気があった後、先生が

「I am 三十路」

 と言ったのでみんなびっくりして教室が沸いた。みそじ、と言われただけでは分からない子もいたみたいで、先生は黒板に三十路、と漢字で書いて説明もしてた。

 家に帰ってからお兄ちゃんにその話をしたら、お兄ちゃんもその先生に英語を習っていた。

「俺の時は苗字違ったけどな」

 先生はもう結婚していて、お兄ちゃんに教えていた時はまだ独身だったみたいだ。先生の旦那さんも社会の先生で、もともとうちの中学にいたみたいで、お兄ちゃんは旦那さんのほうも知っているらしい。どういう人なのか気になったので、卒アルの教師紹介のページを見せてもらった。けっこうおじさんでびっくりした。ちょっと気持ち悪かった。



4/18


 夜、自分の部屋からトイレに起きてきたら、洗濯機のそばでお父さんとお母さんが揉めていた。私の姿を見ると、お父さんは気まずそうな顔をした。自分から気まずくなるような宣言をしておいて、勝手に気まずそうにしないでほしい。

「眞智。お父さんの洗濯物とあんたの洗濯物、分ける必要ある?」

 お父さんを恨めしく思っていると、急にお母さんが訊ねてきた。言われている意味がよく分からなかった。

「は? 別にないけど」

 ほら、とお母さんに言われて、お父さんは更に気まずそうになった。

「そうやって先回りして、自分が傷つかないようにするのやめなさいよ。そんなに嫌なら、眞智がそんなこと言い出さないくらい、好かれる努力をしたらいいのよ」

 お父さんはまともな返事もせずに、とぼとぼと居間に戻っていった。

「何あれ」

 私がたずねると、知らない、とお母さんはすねたように答えた。本気で呆れているらしい。

「ま、あんたがそんなこと言い出したら、家から叩き出すけどね」

 そもそも言い出すつもりなんてさらさらないけど、言ったらそこまでされるのかと思うと、絶対思っても言い出さないようにしようと誓った。



4/19


「絢実ちゃんって、お父さんと洗濯物、分けてもらってる?」

 お父さんが自ら申し出るくらいだから、世間では割とベターなのかと思って、よりお父さんを嫌っていそうな絢実ちゃんに訊いてみた。

 すると絢実ちゃんは腕組みをして、ちょっと難しそうな顔をした。大人っぽい雰囲気だから、すごく様になる仕種だった。

「うーん。正直分けてほしいくらいだけど、ママにそこまで負担はかけられないかな」

 絢実ちゃんてお母さんのことをママって呼ぶタイプの子だったんだ。お父さんはお父さんて呼んでいたのに。似合わないからやめた方がいい気がしたけど、まだそこまでの間柄じゃないと思うから黙っておいた。

 実際にお母さんにお願いまではしないけど、正直、嫌だと思ってはいるんだ。私はそんなこと、わざわざ想像もしたことなかったけど。

「だけどどうして?」

 お父さん側から言い出したっていうのはまだ抵抗があった。昨日、テレビでそういう話が出てきて、ととっさに話を作ってごまかしておいた。みんなはどうなんだろうって。

「実際、洗濯する人の負担になるわけだし、ママしだいじゃない?」

 それはあるかもしれない。絢実ちゃんが頼めるような雰囲気のお母さんだったら、頼んでいたのかもしれない。うちも叩き出されるらしいから、実際にそういう気持ちになったところで、頼めはしない。

「何の話?」

 理沙子ちゃんが入ってきた。理沙子ちゃんにも訊いてみたら、そこまでではないらしい。洗濯物なんて私のだって臭いだろうし、とワイルドに言ってのけていた。

 お父さんを嫌っているこの子達だってそうなんだから、やっぱりお父さんは気にしすぎってことなんだと思う。

 お父さんにこのことを話して、一度きちんと相談したほうがいいだろうか? 勝手に気まずくなられても困る。私に嫌われる覚悟をするのは勝手だけど、お母さんに迷惑をかけるのは違うと思う。



4/20


 結局、昨日一日は一人で考えて、お兄ちゃんにまずは相談してみるという結論に落ち着いた。世間的には無難かもしれない。でも相手はあのお兄ちゃんだ。真剣に考えてくれるだろうか。いや、真剣に考えているほうがばかなのかもしれないけど。お兄ちゃんの部屋に突撃して、私はおとといの夜のことを話してみた。

「ふつうにほっとけばいいと思うよ」

 お兄ちゃんは真顔だった。こんな投げやりな台詞を吐くなら、もっとぞんざいに喋ってほしいと思った。黙り込んだらお兄ちゃんは私が納得していないのを察したのか、更に続けた。

「だっておまえさ、これで変に何か、おやじに抗議したら、わたしはお父さん大ちゅきだからもっと構ってくだちゃいって言うのと同じになるよ?」

 何でわざわざそんな気持ち悪い言い方するんだろう。寒気がしたから、さすがにこれには反論した。

「別にそういうんじゃないじゃん。別に今までどおり普通でいいよってだけだし」

 今までどおりねえ、とお兄ちゃんは狭い室内なのに、何故かちょっと遠い目をした。

「今までどおりなんて言ってもなあ、おまえとおやじの認識はどうしたってずれていくんだぞ?」

 ちょっと面倒になってきたらしく、お兄ちゃんはそっぽむいて吐き捨てるような言い方をしてきた。

「これからほんとに嫌いになったり、これからおやじが気持ち悪いことしてお前がちょっとでもひいたら、おやじはそのたび裏切られたと思うだろうから、もっとめんどくさいと思うけど」

 確かに私も、お父さんのする全部のことを受け入れられる自信はない。反論はできなかった。

「黙ってほっとけよ。別に捨てられるわけじゃないんだからさ」

 そうかもしれないと思いつつ、どうしたらいいかが分からないのは困る。引き下がれなかった。

「でも、あんな感じ出されたら、どう接していいかわかんないよ」

 お兄ちゃんはベッドに寝転がって、漫画を開き始めてしまっている。そろそろまともな答えは返ってこないかもしれないと思って、焦った。

「別に考えなくていいんじゃね? それこそおまえが思うままに接しろよ。こないだみたいに、馬鹿だと思ったら母ちゃんみたいに馬鹿じゃないのって言えばいいし、寂しかったらそんな寂しいこと言うなって言っていいだろうし……おまえもさ、おやじと一緒で頭でっかちだよな」

 漫画から顔を上げずに返事したと思ったら、最後の一言で頭をわしゃくしゃ撫でられた。

「……おまえ、去年の今ごろ、ホラー映画観て怖がって、ここで俺と一緒に寝たよな?」

 今となっては恥ずかしい思い出だ。お兄ちゃんがよそで言いふらしていないか途端に心配になる。事実だけど認めたくなくて、返事できなかった。

「あの映画、もっかい観たら同じことするか?」

 私は即座に首を振った。正直、まだホラーは苦手だから、眠れなくなる気がするけど、お兄ちゃんと寝るのはプライドが許さない。あの時だって怖すぎたとはいえ、小六でそれをやってしまった自分がとてつもなく恥ずかしかった。家族はみんな知っているけど、学校の子たちには絶対に知られたくない。知られたら、終わりだ。

「だろ? だけどおやじとか大人は、一年や二年くらいじゃ変わらないと思ってたりするぞ? 今までどおりなんて下手に言ったら、俺が断っちゃえば自分のとこに来るかもしれないって期待しちゃうかもしれないぞ。だってまだ一年前の話だし」

 もしそうだったら、ちょっと、いや、だいぶ気持ち悪い。だけどあの時、私はお兄ちゃんのところに行くかお父さんのところに行くか迷った。そのことも何故か話してしまっているから、お父さんはそれも知っている。だとしたら。

「……確かに、ほっといたほうがいいかも」

「わかればよろしい。めんどくさい奴はほっといて、さっさと歯磨いて寝ろ」

 自分から相談しておいて勝手だけど、お兄ちゃんに言いくるめられるのはなんか悔しい。だけど今回は、お兄ちゃんの言うとおりだと思った。



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お父さんは難しいお年頃 クダラレイタロウ @kudarareitarou

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