シロウ、お酒は飲めないんですか。

 色々あったが、レキは一応、俺がバイトをすることについて納得したようだった。事あるごとに「考え直しませんか」、「嫌なお客さんに絡まれますよ」と俺を無職に戻そうとすることは何度もあったが、何だかんだ言って、バイト初日は玄関まで来て「行ってらっしゃい、シロウ」と見送ってくれたし、バイト終わりにはコンビニまで俺を迎えに来ていた。驚いたが、……正直、グッときた。

「お疲れ様です、シロウ。今日、ご飯が上手じょうずに炊けたんです」

「おう。よくやったな」

「大根もうまくむけましたよ。見たらびっくりしますよ。すごく薄くむけたんです、シロウをえるのも遠くないですよ」

「わかったから」

思わず笑いながら返すと、レキは「信じてませんね?」とまゆを寄せる。『シロウがバイトで夕飯を作れないときは、下ごしらえくらいは終わらせておきます』とレキが言い出したときは、少し心配したが……意外と楽しんでやっているようで何よりだ。料理スキルが上がるたびに自慢してくるのは俺も見てて楽しいしな。


 コンビニバイトは二回目だったこともあって、多少勝手の違うこともあったがたいていの仕事はスムーズにこなせた。嫌な客も少なくなかったが前の店をやめる原因になったほどの悪質なクレーマーは来なかったし、なんつうか……レキの相手をしてたおかげか、俺は少し気長になったらしかった。ムカッ腹の立つ態度のヤツが来ても、とりあえず話は最後まで聞いてやるか、と思えたんだからビックリだ。

 それから給料日まで平穏無事にバイトを続けた。……レキの迎えは毎回あったので途中でやめさせた。暗いし、だんだん寒くなって来たからな。変なやからに絡まれててもバイト中じゃ助けにくいし。

 そんで、給料日。店内にレキが迎えに来ていた。……なんでかはわからねえが酒のコーナーにいた。未成年だろ、眺めてたって飲めねェぞ。

「あ、お疲れ様です、シロウ」

「あ、じゃねーよ。迎えいらねーって言ってただろ」

「今日、お給料日と聞いていたので……おめでたいから何かねぎらいに買おうと思って待ってました」

……俺の母ちゃんかよ、テメーは。

「べつにいらねえから……、だいたいその金、親父さんの金だろ」

返すとレキはむっとした顔で(この顔をするとこいつはスゲェ子どもっぽくなる)俺を指差した。

「じゃ、私一人で、プリンとか食べますからね」

「はぁ?」

「いいんですか? シロウの前で私だけ甘いもの食べるんですよ。欲しくならないんですか?」

高度な心理戦のつもりなのか、チラチラとこっちを見ながらプリンに手を伸ばす。

「はー……、わかった。じゃ俺が買ってやるから、その財布はしまえ」

レキの財布をしまわせ、俺は残念ながら財布を持ち歩いていないため給料袋を出す。と、途端にレキが「えっ」と慌てた顔で「い、いいです、嘘です」と過剰に遠慮しはじめた。なんだこいつ……。親父さんの金はものがおで使うくせに、俺の金は遠慮すんのか。

「……オラ、買ってやるよ。プリンが食いたいんだったな? どのプリンだよ、これか?」

陳列ちんれつされているプリンを手に取ってレジへ向かうと、後ろからレキが腰をつかんで止めてきた。

「シロウっ、いいですからー、嘘ですからぁあ」

意外と力が強いが、店内だからか声は小さい。こいつの声は元から小さいけど。

「プリン一個で遠慮なんかしてンじゃねえぞ、逆に失礼だっつの」

俺の腰を両手でつかんでいるレキは俺が無理に前進しているせいでもうスゴイ角度になってる。45度くらいになってる。腹筋とかすげえな。ヒョロヒョロなのに。

「シロウ~~、プリンなんかいいから自分のお酒とか買ってください~~、あの辺のお酒とか安くておいしそうです~~」

酒がおいしそうとかあんのか、こいつの中で。

「酒は飲めねえよ、ほら離せ、お前すごいことになってんぞ」

「え」

パッと顔をあげ、レキが真顔で言う。

「シロウ、お酒飲めないんですか」

「飲めねえよ」

「このご時世に? 大人なのに?」

「体質だからなー。つか、酒社会はもう古いって。じゃー俺、コーヒーゼリーにすっかなー」

「……私もコーヒーゼリーにします」

「は? お前食えんの?」

「食べたことないですけど、同じのにします」

「ふーん。一応プリンも買っといたら?」

甘い菓子パンばっか食ってたやつがコーヒーゼリーをうまいうまいって食うとは思えねえから、保険としてプリンもすすめたが……、

「大丈夫です。たぶんいけます」

なんかかたくなだった。


「シロウ、苦い……」

「だから言っただろ。ほら、よこせ」

「口が苦いです、ううー……」

「……」

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