シロウ、ばかですね。

 あなただったから、と言って泣き続けるレキを見ながら、思う。どうしてこいつはこんなに泣いてるんだろう。俺がバイトを始めるから、というだけじゃないはずだ。俺が、なにかこいつを悲しませるようなことを言ったからだと思う。……もうわからない。いつもそうだ。カッとなって責め立てるようなことを言って相手を傷付ける。……ああ……、そうだ。だから、謝らねえと。

「ごめん」

「なんでですか?」

なんで? なんでって、なんで。

「お前、泣いてるから」

「そんな意味のないことを話したいんじゃないんです」

謝罪には意味がないと言われて困惑する。いつもならこんなこと言われたらイラッとするもんだけど……このときばかりは、困るだけだった。

「じゃあなんだよ」

「バイトなんかしないでください。あなたが一人で生きていけるようになるのが怖いんです。ずっと一緒にいてくれるって証拠がなくなる」

「信じるって言ったじゃねえか」

父も母も嘘つきだったが俺だけは信じるって、こいつは言ったんだ。

「それはあなたが無職だったからですっ」

強く言い返され、俺もつい、声に勢いが戻る。

「無職の言うことならなんでも信じンのかよ!?」

あ。また強く言っちまった……と後悔しかけたが、レキは俺の想像をはるかに超える子どもみてぇな反論を返した。

「もうっ、うるさいうるさいっ! バイトしないで!」

……この、ガキッ……!

「ダダばっかこねてんじゃねえッ!」

怒鳴ってテーブルを叩いた。……思いのほか力が入ってしまい、響いた音は相当そうとう大きかった。レキの肩がビクついたのを見てまたハッとする。

「……わりぃ」

「……シロウ、怒らないでください。あなたを疑ってるわけじゃないです。あなたが嘘つきだなんて、思ってない……」

「そーかよ」

「でも一人で……生きていけるから。あなたが……」

あなたが、と言ってレキは俺の目をじい、と見つめた。目がうるんで、目尻ではなく下瞼したまぶたの中央くらいからまた、大粒の涙が落ちる。その様子を見つめていたせいで相槌あいづちを忘れた。……普段のレキと今のレキの差を埋めることができない。混乱するんだ。

「あ、あなたが、……いなくなったら、どうしよう……?」

自問自答みたいだった。や、多分、実際に自問自答だったんだろう。俺に何か回答を求めたわけじゃない。

「あーもー、泣くなよ」

「泣きたいわけじゃないんです、けど、でも……」

「泣きたくないなら泣かなきゃいーだろ」

自分でもテキトーだと自覚しながら言ってみる。テキトーってのは自分勝手なやつの専売特許だ。とくに、俺みたいな。

「……テレビ見てるときのあなたにも同じこと言いますよ」

じと、と責めるような視線。調子が戻って来たじゃねぇか。

「あれはテレビが泣かせにきてンだよ」

「……ばかですね……」

レキが笑った。小さくだが確かに、ふふ、と。それで俺は安心して、ああちょっとは落ち着いたかなと思って、俺も笑えた。

「……まあ、バイト代くらいで、一人で生きてけるワケねーから。それにお前も全然ほっとけねーし」

「私のことほっとけないなんていうの、シロウくらいです」

「ほっとけるトコ一個もねーだろ。メシの炊き方も知らねーうえに野菜は嫌いで毎日菓子パンばっか食って、勉強もほぼ最下位なんて」

「でもそれでシロウが一緒にいてくれるなら、私は変わりたくないです」


「……一緒にいてやるから、野菜は食えよ。お互い一人で生きていけるのにそれでも一緒にいるってほうが、なんかイイだろ」

ガラにもなく、うまいフォローができたと思った。正直恥ずかしいしイタい発言だったから絶対他のやつには聞かれたくねぇとも思ったけど。

「シロウはフォロー、上手なんですね」

「…………かわいくねーな」


あなたはかわいい、と言ってレキがまた笑った。

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