シロウ、料理ができるんですね。

「料理するなら、具材がねぇと始まらねーぞ」

そう言ったとき、レキの目は初めて見るくらいに丸く見開かれていた。何をそんなに驚いたのかと思っていると、ポソリと、

「具材なんて言葉知ってるんですね」

「馬鹿にしてんのか」

「けっこう料理とか、するんですか?」

「あ?」

「具材なんて単語、ぱっと出てくるものでしょうか」

……どうやら馬鹿にしたわけではなかったようだ。言葉が直球すぎンだよ、こいつ。俺も人のことなんか言えねえけど。

「俺は美味うまいもんが食いたいんだよ。レトルトもインスタントも、自分で作った肉丼には敵わねーだろ」

「ニクドン……」

「肉嫌いか?」

そういえば女って、肉食べれないとか言うやつ多いよな……こいつもそのタイプか、と思って問う。レキは即答した。

「お肉、好きです」

「そうこなくちゃな」


 その後、二人でまずコンビニに行った。どうやらATMでお金をおろす必要があるらしかった。ATMに並び、レキの順番が来ると「シロウ、シロウ」と呼ばれ、近寄ると口座番号を口頭で伝えられた。

「はっ?」

知ってはいけないはずの番号を知ってしまった、と戸惑う真面目な俺をよそに、レキは残高照会画面を指す。三十二万とちょっと。……結構ながくが入っている。

「シロウも多少なら使っていいですよ」

レキは慣れた手つきで五万円を引き出し、カードと一緒に財布にしまった。

「や、お前、あの金どこから……」

「月十万入ってるんです。でも使い切れないのでどんどん溜まってしまって」

ついに三十万を越えまして、とレキは静かな口調で言う。月十万、『入ってる』? まるで勝手に金が振り込まれてるみたいな言い方だ。誰かが入れてくれるという言い方ではない。誰が振り込んでるんだ、月十万。そう質問したかった。気遣いなんか、いつだってしない俺が……このときだけはなぜか、問うことができなかった。こんなときに思い出したのだ。初日にレキが言った言葉。……『親はいません』……。


 コンビニから真っ直ぐ近くのスーパーに行って、肉と多少の野菜、そして調味料を買った。

「シロウ、マヨネーズは何に使うんですか?」

「なんか美味うまくなンだよ」

「シロウ、バターは?」

美味うまくなんだよ」

「シロウ、七味しちみは? 七味は何に使うんですか?」

「ッせーな! 調味料はだいたいウマくすっためにあンだよ! ウマくなンだよ!」

「…………」

ちょっと強めに言うとレキは黙り込んだ。……しまったな、今は別にビビらせようとしたわけじゃなかったのに……。

「……うめーもん食わせるから静かにしてろよ」

「わかりました」

……レキには、表情ってもんがほとんどない。だから感情が読み取れない。……もしかしたら感情なんてもんはそんなになくて、俺の一人相撲ひとりずもうかもしれねーけど。


 家について、まず野菜をしまう。次に調味料を置く場所を決めようとしたが、ここでレキが、調味料を全部冷蔵庫に入れようとした。

「オイ、それちげーぞ。醤油しょうゆ七味しちみ出せ」

「? なんでですか?」

「その二つは常温でいンだよ」

「なんでですか?」

……落ち着け。イラッとしたが、落ち着け。こいつは無知なんだ。無知なだけ。俺がここでキレたってこいつはなんでキレたかわかんねぇ。深呼吸、スーハー。

「ッ、ッ、……、そういうもんなんだよ」

「そうなんですね」

……言えばわかるのか。素直なのか生意気なのかはわかんねえけど、悪気が無いってことはハッキリわかる。

「最初は何するんですか」

「は? お前もやんの?」

「はい。覚えたいから」

「……じゃ、メシ炊いて」

「おこめ……水の量がわかりません」

そこからかよ。

「なら肉。肉切れ」

「どれくらいに?」

「五センチくらいに角切りでいい」

「…………」

レキは俺の指示を受けた瞬間に宙を見つめて動きを止めた。まさか角切りがわかんねーのか? 何ならできるんだ、こいつ。だってアレだろ。角切りとかメシの炊き方って、小学生のときに家庭科で習うもんじゃねーか?

「わかった。じゃーアレだ、今日は見てろ。次からお前も手伝えばいいだろ」

「わ、わかりました。スミマセン……」

スミマセンと言われて変な気がした。なんで謝るんだ? 料理ができなくて、か? 別に謝ることねーと思うけどな。変な奴。

 ……ヘンな、やつ。


 完成したのは俺が夜勤明けによく作って食ってた肉丼。簡単に言うと、ご飯に焼いた鶏肉を乗せ、醤油と塩コショウをかけただけの丼物。だが手軽さに反してウマさは確実だ。

「オラッ、うまそーだろ」

「茶色いです」

「だからうまそーだろ」

「いただきます」

ウマそーかどうかについては何も言わず、レキは手を合わせて割り箸を持った。そういう礼儀は、ちゃんとしてんだよな。敬語もつかってるし。……ちなみにこの家には普通の箸がなく、あるのは割り箸のみということだった。そこはどうなってんだよ。

 鶏肉を一つ口に運び、レキの表情がパッと明るくなった。もぐもぐもぐ、ゴクン。

「おいしいです……!」

「だろ」

「お肉がこんなに柔らかいなんて変……」

「コツ覚えればお前でもできるぜ。な? ウマイもんは、美味うまいだろ」

「はい。……シロウは」

嬉しいんだか嬉しくないんだか複雑な色を含ませてレキがぽそりと言った。

「シロウは、料理ができるんですね」

「でき……る、つーか。こんなもん、料理のうちに入らねーよ」

「他にも教えてくださいね。おいしいものは、おいしいです」

そうだろ、と俺が言うと、レキが口を動かしながら、目尻だけで小さく笑った。

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