シロウ、シャワーどうぞ。


その後、俺はレキに言われるがまま、レキの家まで行った。表札には「冴木」。……こいつの名字、冴木って書くのか。サエキ……、いや、サイキか? 表札を見ながら考えているうちに、レキががちゃっとドアノブをまわした。


鍵かかってねえ! つーか、俺このまま入っていいのか!?

「おいお前、親とか……」

俺のことどう説明する気だよ、と半ギレの俺にレキは静かな声で「親はいません」とだけ言った。いない?

「死んだのか? まさか独り暮らしじゃねーだろ?」

礼儀や気遣いの欠片もない俺の質問に対し、レキは両親については答えないまま、

「ここには私一人で住んでいます」

と、自分がアパートに一人で暮らしていることを説明した。中に入ると、確かにそうらしかった。玄関にはスニーカーとサンダルが一足ずつ。レキがいま履いているローファーを脱いでも三足だけだ。そこに、大きさの違う俺のスニーカーが加えられる。なんつーか、変な感じ。


「ひとりでって、金は?」

「口座に振り込まれます。お風呂、私が先でいいですか」

「は? や、勝手にしろよ」

「じゃあ上がったら言います。そこにくつろいでいてください」

誰もいないから、と、レキは意味深に言い残して、自分の部屋らしい鍵付きの個室に入って行った。リビングにぽつりと残された俺は、とくに理由はないがイライラしながら部屋を見まわす。

……家族写真とか予定が書き込まれたカレンダーとか、そういう生活感のあるものは一つもなかった。つーかこの家、カレンダーが無ぇ。ありえねー……。


「あなた」

背後から突然呼ばれ、肩が跳ねた。こいつ足音も気配もねえな。幽霊よ。つーか……アナタって呼ばれ方、嫌すぎる。

「ンだよ」

ちょっと警戒しながら答える。レキは不思議そうに首を傾げた。

「名前は?」

「俺? ……シロウ」


「シロウ」

えっ、呼び捨て!? こいつ高校生だよな!? 俺はバイトをクビになったとは言え成人済みだぞ、なんでこんなスムーズに呼び捨てすんだよ。礼儀ってモンを知らねーのか。


「夜ご飯は食べましたか?」

「や、まだだけど」

そもそも今は午後五時半だ。まだ夕飯なんか食う時間じゃない。

「冷蔵庫にごはん入ってます。好きに食べててください」

俺から普通に見えるところに下着とパジャマを持っているのに、レキは恥ずかしがる素振りもなく脱衣所らしき場所へ歩いて行った。


レキには情緒? デリカシー? みたいなもんが一切ねえ。女子高生ってもっとなんか……なんか、もっと、こう……。まあいいか。


……冷蔵庫。他人の家の冷蔵庫を開けるのってなんか抵抗あるけど、本人がイイってんだからイイんだろ……と、心の中で自分に言い訳をしつつ、やたら綺麗な冷蔵庫を開ける。……絶句した。ごはんって、あいつ。

無駄に大きな冷蔵庫が泣くぜ。菓子パンがギッチリ詰められて、野菜室はからっぽ。冷凍庫には申し訳程度の冷凍惣菜。……宝の持ち腐れってこういうのを言うんだよ。


菓子パンの山から焼きそばパンを引き抜いて袋を開ける。と、風呂場から水音が聞こえてきた。風呂って言ってたけどシャワーじゃねえか。俺もシャワーになるんだろうけど、着替えなんてねえぞ。



……つーか。知らねえ男を家に連れてきて早々、先にシャワーって。一歩間違えたら変な意味で取られるぞ。……変な意味でとっていいのか? あいつ、もしかしてそういうつもりで俺のこと家にいれたのか? ……いやいやいや。

「高校生はねーわ……」

ぶつぶつ、誰にともなく宣言しながら焼きそばパンを食べた。やがてレキがパジャマ姿で出てきた。風呂上がりのわりに色気がなくてついほっとする。

「シャワーどうぞ」

「……お前さ。もう少し考えて行動したほうがいいぜ」

レキは数秒、黙り込んだ。俺の言葉の意味がわからなかったらしい。高校生のくせに無知な奴だな、鈍いだけか? とまたイラつき始めた俺の耳に、信じられないほどストレートな返しが突っ込まれた。

「私のしていることが性行為の誘いみたいだからですか?」

「…………」

言い方ってもんが、あるだろ……。

「でもシャワー浴びないと不潔ですし……」

そしてズレた弁解。そういうことを言ってるんじゃねえんだよ。馬鹿かよ、こいつ。や、あの高校行ってるんだから賢くはないか。……、それにしたってアホすぎる。


「……シャワー借りるわ」

アホらしくなって立ち上がる。レキは「行ってらっしゃい」と無表情に言った。


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