サイコウのお薬

むぎ

お薬はだめですよ。

 ま、なんていうか。生きるのが嫌になったなんて言い方はオオゲサだけど、さ。

「ホントに麻薬、なのかね」

頭痛薬みたいなそれを俺にくれたのは中学の先輩。バイトをクビになったなんてどこから聞きつけたのか、その情報網には感心する。まあ、不良なんて顔が広いもんか。……事の発端は一週間前。コンビニでクソみてえな客にキレたらクビになった。

『久しぶりっすね。わざわざ家まで来るなんて。どしたんすか?』

『オレ今シャブの売人やってんだよ。同中のよしみだ、最初はタダでくれてやる』


 なんつーか、シャブってなあ……。錠剤だぜ。バ〇ァリンみてえなやつ。……でもどうせ人生おしまいなんだ。こんな性格じゃ先なんて見えない。自覚はあるのにな。粗大ごみと燃えるごみに挟まれて路地裏に立つ俺は果たして何ごみなのか。燃えないごみか。……燃えたってごみであることに変わりはねーけど。

 人間のごみ。ここいらが、人間としての潮時か。


 錠剤を口に放り込んで、独特のにおいに少し顔を歪めた、瞬間。

みみたぶを強く引っ張られ、痛みに驚く間もなく、唇がふさがれた。いわゆるキス。でもそんな色気はない。相手が誰かもわからないまま、その舌が口の中に侵入する。うわ!? "そいつ"を引き剥がそうとした俺はさらなる痛みに目を見開いた。舌を、噛まれた。ディープキスで舌を噛まれた!! 他人に!!


つい肩のあたりを殴って「なんだテメー!」と叫びながらようやく相手を直視する。そいつは殴られた衝撃のせいか、どたっとどんくさい音を立てて尻もちをついてた。

まず目に入ったのは、制服。ここから二駅となりの高校。……つーか、母校。ついで短い黒髪が揺れる。そいつは「ふう」と一仕事終えたみたいな仕草をして立ち上がるとスカートの砂埃をパンパンと払いながら言った。

「ごめんなさい。でも、お薬はだめですよ」


べ、と出された舌の上には、さっき俺が口に入れた錠剤。……そのためにキスをしたのか? 知らない男にディープキス? 女子高生が? こいつヤバイ。頭イってる。

「……」

混乱と怒りと恐怖と、よくわからない感情で声を出すこともできない俺に、そいつは無表情で錠剤を吐き捨てる。とけかけの錠剤は側溝に落ち、見えなくなった。


「私、レキっていいます。通報されたくなかったら、私と一緒に来てください」


それが俺、サカワシロウと、こいつ、レキの出会いだった。

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